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トップハート物語(4105)立志伝敢闘編
18/05/05
2011年(平成23年)9月下旬。
 話しに夢中になって仕舞って、12時に部屋に戻ってという予定は1時になって仕舞った。食事の準備をしている最中に、今日のライブ「君と歩いた青春」のチケットを出して内容を確認した。
驚き慌てた。思わず声が出た。思っていた昨年の時間、つまり開演時間が6時だという思いが間違いだったと気付いたのだ。2時間早い4時からだった。思わず時計を見た。1時半だ。
会場には少なくても30分前に着きたい。NPO法人常勤理事の智子さんに車で送って貰うので移動時間1時間を見て遅くても2時半には部屋を出る。その旨を常勤理事の智子さんに伝えると、大声で驚いていた。2時過ぎには出て、会場方面に急いだ。
 思ったより道は空いていて2時30分頃には会場近くの繁華街に着いた。昨年は、駐車場探しで大変だったので今日は徒歩15分程度の処に停めた。
諦めていた昼食が摂れそうなので、結構有名な洋食屋さんで名物サイコロステーキカレーを食べた。途中、水分などを確保して会場を目指した。一定の方向に比較的年齢の高い一団が向かっている。
段々と密度が濃くなり、会場入り口前の広いスペースは大人数が並んでいた。中に入り、観客が12000人と知り驚いた。今回は、昨年の野球場でいえば内野席三塁側でかなりバックネットに近い位置の上段だったのと段違いで、1階中央席前から24番目だった。
 始まるまで興奮していて、言葉が出ない。色んな思いが頭の中を巡った。その大半は、被災地で亡くなった仲間の事だった。
 『生きているから、自分はここに居れる。亡くなった人達の無念さだけが何度も何度も思い出される。みんな学生の頃のあの顔だった。みんな還暦を迎えた、今年に逝った。
余りに早過ぎた。生きて居れば、このような感激を味わう事が出来たのに。何で亡くなったのか。」
 そんな思いが、何度も何度も繰り返し思い出された。
 開演予定の数分遅れで、一瞬にライトが消えて演奏が始まった。身近に見えるのは、みなみこうせつ・伊勢正三・イルカ・太田裕美・杉田二郎・山本潤子・尾崎亜美だ。
全員で「涙君さよなら」を歌い始まった。山本潤子が「赤い鳥」「ハイファイセット」時代の「中央フリーウェイ」「卒業写真」を歌い、あとからも「フィーリング」を歌う。
 続いて、イルカ。私の知っている曲は「なごり雪」だけだったが、それだけで十分だった。そして、杉田二郎。勿論「戦争を知らない子供たち」。あとは知らない歌だった。待ちに待った太田裕美が出て来た。「9月の雨」「雨だれ」そして、会場が盛り上がりに盛り上がり12000人が合唱した「木綿のハンカチーフ」。
私も声を張り上げてみんなで立って歌った。
 尾崎亜美は、私の年代ではない。何で参加しているのかが不思議だったのだが、演奏しているバンドに旦那さんが居たのである。勿論知っているのは「オリビアを聞きながら」だけだった。
そして、伊勢正三だ。やはり、「なごり雪」の作詞作曲者だが、「22歳の別れ」が聞けて良かった。あとは知らない。最後は、みなみこうせつだ。「夢一夜」があった。時間も忘れて、しかし、やはり被災に散った同級生、一番の親友だった彼の事が頭から離れなかった。
自分の幸せと、彼の不幸と。申し訳ないと心の中で合掌していた。そして、いつまで来られる事が出来るのだろうかと何度も思った。瞑想する時間は、やはり知らない歌が流れている時だった。
 最後に近付く。アンコールになる。最後の最後、「神田川」だった。ペンライトを振り、みんなで歌った。私もこの歌が歌いたかった。結婚した当初、まだ24歳だった。
神田川の歌詞ように、3畳一間では無かったが4畳半の小さな部屋に住んでいた。妻と二人で、近くの銭湯に行った。赤い手ぬぐいは無かったが、やはり手拭いを巻いて寒さを忍んで行った横町の風呂や。
世間にはこの曲が流れていた。みんなが、貧しくても幸せを感じていた時代だった。私も薄給だったが、不幸せと感じた事はなかった。将来に小さな希望があった。
 そんな事を思い出していた。みんなも同じ思いの中に浸っていた。イルカも伊勢正三も私と同じ年だ。杉田二郎は介護保険の被保険者となり、南こうせつも私より年上だ。一体いつまで来られるのだろうか。一体いつまでこのライブを続けてくれるのだろうか、そんな思いがしていた。
 終わった時には4時間も経過していた。本当にあっという間だった。余韻に浸りながら、会場向かいにあるホテルニューオオタニに入った。「城見」に入り、神戸牛懐石コースを頼んだ。
1年に一度ここに来た時に立ち寄る。昨年も立ち寄ってフランス料理を食べた。最上の会石料理と充分なボリュームのあるコース料理だった、飲食代を含めて一人2万円は価値ある内容だった。
 部屋に戻って来たのは11時だった。まだ余韻が残っている。来年への思いを馳せているのだ。

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