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トップハート物語(4082)立志伝敢闘編
18/04/22
2011年(平成23年)9月初旬。
午後から上京するので、午前中は忙しくて疲れ果てて仕舞った。今は、東京は青山の「ホテルフロラシオン青山」に滞在している部屋で書いている。
自立支援のサービス提供責任者が、
「新たに始まる移動援護の申請書を作成し一両日中に申請したいので、夜に代表者印を頂けますか。」
と、聞いて来たがその時間は既に上京している。
NPO法人常勤理事の智子さんに託した。
研修センターから、女性スタッフが来た。修了証書への押印をする為に来た。
「100枚くらい有りますので、1時間くらい掛かります。」
「銀行と郵便局に行きたいので、留守番していて。」
隣のSCへ行った。
70歳爺さん社員から電話があり、話しがあり戻った。管理を任せている、システム関係に、自称使い手がある男の異常な言動の管理を強く要求した。
当社のHPのスタッフブログに私への非難や社内を混乱させて辞めた者たちへ応援、礼賛メッセージを書き込み続けている。台風の中でも一生懸命働いているひとがいるのに、仕事らしい仕事もせずにパソコンをイタズラして時間潰しをしている。
 居宅介護支援事業所のケアマネジャーが来た。その、男の異常さと仕事の相談。続いて、介護サービス提供責任者が来た。実は、8日に労働基準監督署の調査があるが、労働契約書を準備している過程で彼女の履歴書と労働契約書が見当たらない。
ほかの在籍した者のは漏れなく保存されていた。彼女は、透き通る大きな瞳に色白で真面目で思い遣りの気持ちが痛いほどある。イメージとして、ガラス細工のような感じだ。その彼女に、それを告げて彼女が持っている労働契約書をコピーさせてもらわないと行けない。謝りながら言葉を選び、話しをした。
「由紀ちゃんのだけ、大事にして隠していたら場所がわからなくなった。」
訳の分からない、言葉を発した。
 福祉用具レンタル部署の管理者が来た。住宅改修書類への押印。自分がしたかった仕事が出来ず、出発準備に部屋に戻った。着替えて、ヤマト運輸に原稿を託して、新幹線に乗るべく駅に向かった。
新幹線の中では、大半眠っていた。車内でコーヒーを飲もうと注文した。売り子の目を見張る愛くるしさに思わず、チョコレートを追加して仕舞った。
 東京駅では、豪雨に見舞われ足止め。ホテルに荷物を置いて、長男との待ち合わせした新宿の小田急センチュリーホテルサザンタワーへ向かった。19階の「ほり川」にて、彼の友人と依頼したヘルパー管理システム開発の打ち合わせを行った。
10時まで3時間を費やし、ホテルに戻った。明日のスケジュールで、先輩から何度もメールが来た。
 朝、ホテルで目を覚ましホテルで朝食を摂って出発した。9時半に原宿リビンに行くので、ipadで経路を検索するとホテルから1.2キロ徒歩19分とあった。徒歩で、青山の街を散策する気持ちで動いた。
ipadでをナビ代わりに画面を見ながら移動する。現在位置と路上がそのままダイレクトに見られるので便利だ。急いで歩いたが、突然位置が経路から離れた。動くが左右が分からなくなり、やはり認知症が進んでいる。
遠回りになったが、何とか眼前に紹介者の先輩と待ち合わせ場所に着く様な位置まで来ると、先輩から電話が入った。
 「そんなに急がなくていいから。ゆっくり来い。」
 「えっ、どこに居るんですか。」
 「後ろだよ。後ろにイトキンビルがあるだろう、その中だ。」
 先輩は、イトキンで働いていた事がある。
 後ろのイトキンビルの中を見るが、ガラス張りの中は反射して外の風景が映っているだけで分からない。
 「どこに居るんですか。」
 信号が赤から青に変わって渡ろうにも、後ろだと言われたら渡れない。
 「前だよ、正面に居る。」
 今度は、笑いながら前だという。
 どこからか、遠くから見ていてふざけている。還暦を越えた先輩後輩の間は、知り合った高校時代と変わらない。
やっと、前方に居る先輩を見つけた。やっと、マンション内に有るアパレルメーカーの一室の事務所に入った。暫く待って、社長と面会した。人当たりが良く、話し易い人だった。
ワールドやイトキンとの取引もあり、製品には自信があるとの事であとは条件だった。
 「ネット取引申し込みが多く現在でも7000以上の口座がある。しかし、全く畑違いの例えば鉄工所とか飲食店とか、又は自分でやろうとする若い奴らが何のためらいもなく踏み出して来る。しかし、取引を始めても全く実績はあがらない。口座は残っても、取引が成立していない。昨年の取引額は7000口座もあって600万円程度だ。」
 そんな話をして、難しいけれどどうやって販売する積りだと聞いて来たので、他とは異なる営業方法を話した。
 賛同してくれた。
 「我々の業界は、先輩のように車に積んで各小売店を回って売り歩くのが主体になっている。そのような営業スタイルを取る人達は高齢化が進んで遣って行けなくなった。それでも、以前と同じスタイルを守ることを止めない。一時の売り上げより下げ続けて、作り置きする事は出来なくなった。在庫になれば、その負担は大きい。」
 そのような切実な話をして、どのような取引が出来るか考えた。
 「当社は、在庫を持てないので注文して生産をして貰う事になる。数カ月前になる注文と現在ある在庫の販売を組み合わせてしたい。」
 そう言って、諒解を得た。
 「あんたの先輩は凄く販売力がある。業界でも有名だ。」
 そんな話を聞いて、また先輩を尊敬した。
 1時間は程話しをして、次の待ち合わせ場所に移った。これも、先輩の知人の店で千駄ヶ谷の「ぎっちょん」という店だった。遭う人物は、台湾の商社日本法人社長とその紹介者。
その大元の紹介者は先輩だ。その紹介者の方に辟易している。各方面の人を紹介してくれたのはいいが、其の商談をしようとすると必ず出て来る。紹介料を支払うならそれを請求して欲しいのだが、その事を話しすると返事が無い。
今日のこの時間と場所設定も私と先輩でする事になっていたのだが、勝手に先輩に電話をして決めてしまった。明日から、紹介をしてくれた農業生産者と新潟で会う事になったのだが、勝手に日程を決めてしまう。
 その日程は、都合が悪いので断り自分達で決めさせて欲しとお願いした。連絡先などを教えてくれたが、自分も行くと言ってまた日程を決める。その日も都合が悪くなったので、断りやっと直接話し合って新潟県新発田市の農業生産者とは10日の10時に。新潟市のNPO法人とは午後3時に約束をした。そのことを報告した。

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