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トップハート物語(4054)立志伝敢闘編
18/04/05
2011年(平成23年)8月中旬。
 先日、ネット購入した三浦産のスイカが古くて、切った途端目に入った黒ずんだ果肉。少し口に含むと苦い味。早速、クレームを入れた。
 「直ぐに新しいものをお送りします。お盆に掛かりますが、ご在宅でしょうか。」
 と聞いて、そうだこの時期は世間的にお盆なんだと認識した。この世界に入ってから、お盆など休暇を取った事があるのだろうか。
 平成12年は、最初の年だったので勿論仕事だったが、唯一の戦力だったヘルパーさんのご子息が、お盆の時期に旅行中に不慮の事故に遭遇して14日早朝に、泣きながら遺体を引き取りに行って戻って来たとヘルパーさんから衝撃の連絡を受けた
 平成13年は、信州に避暑に出掛けていたようだ
 平成14年は、大忙しになったので勿論出勤していたが、本社を任せた初老女性家族とのトラブルが勃発して溝が深まりだして、次の年の分裂に繋がる
 平成15年は、新しく始まった支援費業務を軌道に乗せるために仕事三昧の時だった
 平成16年は、お盆らしく業務がそれほどでもなくのんびりと決算関係の書類を作成していた
 平成17年は、お盆休みを取る社員やヘルパーさんが多くなり代わりにヘルパー業務で大忙し
 平成18年は、社員が勝手に判断して勝手にやった研修関係のトラブル処理で大忙し
 平成19年は、体に変調をきたし始めて苦しむ。それでも、仕事を処理していた
 平成20年は、退職したある部署の管理者だったものを嫌だったが懇願されて再雇用した結果、トラブルに発展して無駄に時間を過ごした
 平成21年は、ケアマネジャーの業務で多忙で休みどころではなかった
 平成22年は、社内とケアマネジャーの業務に苦しんで居た
 そんな訳で、立ち上げの年だけ行きたくない避暑に出掛けて、戻って来てやはり仕事の方が気楽だと感じたと書いてある。
 午前中は、いつものようにいつもの時間に事務所に出勤して少しだけ仕事をした。ヘルパーさんの支払い報酬計算だ。何故か、ツートップが辞めるのに本社の数字が大幅に向上した。前月より50万円も収入が増えたのだ。依頼が続いているという報告は受けていたが、これほど一気に増えたのは何か訳でもあるのだろうか。
後方支援をしないと、若い彼女と彼は潰れてしまう。何とかしようと思うのだが、いかんせん二人とも実務にはほとんど就いた事が無い。支援と介護両方ともツートップが管理していたので、シフトとか請求とかイチから指導しないと行けないのだが、彼女らの気持ちもある。
 特に彼女の方は、かなり感情的で直ぐに泣く。ケアは出来るのだが、事務的なものは全く駄目。それでも、自覚せずにいるのでいつ切りだすかが問題だ。
「シフトを担当する。」
と息巻いているのだが、全く穴だらけでどうしようもないのだ。
それでも、彼女の
 「自分達は残って頑張って行くので、社長の考えをきかせて下さい。」
 と、言って電話を掛けて来た事が私にとって励ましとなっている。
 それでも、シフトとか請求とかは一朝一夕で出来るモノではない。それを自覚して、手放してくれればいいのだがそうもいかないらしい。彼女の責任感は強いのだが、これまでも任せた時期もあり、穴も空き通しだ。
穴が空いてても、利用者に謝罪しないヘルパーにも謝罪しない。不満を持ったヘルパーさんが数人退職した経緯がある。
 彼の方は、まだましのようだが行動が伴わない。幾ら話し合って計画立てても、どう動いていいのか分からない。それででも、その分からない部分を聞こうともしない。ただ、時間だけが経過して行く。その重要なシフトの補助に人を入れたのだが、これがまた話だけで出来ない事を出来ると言う。
つまり、パソコンを操作した事が無いのに出来ると言うので、採用したが難しい。また、パソコンが出来ても介護の事が全く分からない者にも少しやらせているが、これもどうなるか分からない代物だった。
 自宅のトラブルが気になりだして、セコムのホームセキュリティーに見積もりを依頼した。打ち合わせは自宅の妻と息子として、契約はここに居る私がこの大阪でする事をお願いした。
応対が本当に良くて気持ちが良かった。最近の企業の窓口となる電話の応対が不快な事が多く、安心感を与える応対だった。料金的には、機器の当初の投資や保証金は数十万円だが、毎月1から2万円程度で済みそうだ。
 クレームで新しいスイカが届いたが、やはり古かった。前よりはましという事で、我慢した。もうこの産地のスイカを購入する事はない。やはり、スイカは鳥取か。

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