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トップハート物語(4041)立志伝敢闘編
18/03/30
2011年(平成23年)8月上旬。
 泣きじゃっくって、励ましてくれる同僚に電話を掛けた、大東本社残留の妊娠7カ月の社員。その甲斐あってでもないだろうが、多くの社員が励まし、特にこの守口の介護管理者が特段に有能な常勤社員とヘルパーさんを完全に終日派遣する決断をした。
やっとほっとしたのか、辞めるツートップが
 「あんたたちだけでは、ヘルパーさんが居なくて出来ないだろうから、利用者を持って行くから。」
 と、馬鹿にしたような言い方で言われたという。
 ツートップと妊娠7カ月の社員が居なくなると、大きな穴が開くのは分かっている。最初から、ツートップには
 「残る者と話し合って、特殊で自分達だけが対応していて残る社員が出来ないという利用者はどうぞ移籍して下さい。」
 そう言っていたのだが、どうやら請求関係や各種情報も引き継ぎを要求しても無視しているという。
 私も、
 「必要が有れば、俺が乗り出すから。」
 そう言って居たのだが、自分達で出来るところまでやりますというので、我慢していた。
 残留する4人の社員中、中心となる二人は若いし業務に精通していない。困難な事が有るだろうが、もうあれこれと非難合戦をしていても何の利益にもならない。情報の確認などを指示した。余り遅い場合は、本当に私が乗り出す。
 その残留組とツートップが激しく言い合ったと聞いた。これで、ツートップとの対立は完全となった。ツートップは7月半ばに退職を決めて独立を模索したのだが、法人すら出来ていない。
これからなので、利用者を繋ぎとめて置くのと収入の道が断たれるので、残留の若手に9月からの登録勤務を依頼したようだ。馬鹿な奴らだ。どの面下げて、そんな事を言ったのか、呆れ果てていた。辞めろと言った覚えはないのに、ツートップは妊娠中の彼女の出産休暇に合わせて退職を決めた。
 そんな策におぼれて、自分達の首を絞めたのだ。法人設立にどれほどの時間を要するのか、指定申請にどれほどの時間を有するのかを知らなかったようだ。それに呼応した、この地区の自立支援のお局様筆頭サービス提供責任者。
私がツートップに
 「お局様筆頭サービス提供責任者も連れて行ってくれ。」
 と、言ったので退職願を受理した直後に隣の部屋の自立支援事業所に行って話をして、お局様筆頭サービス提供責任者は調子に乗って退職を申し出て来た。
設立が9月と聞いたのか、
 「9月一杯で退職したい。」
 と、言って来たので即了解した。
 確かに、退職願の提出はひと月前なのだが、何度か早く提出するように言ったが中々出さない。
 その直後に、お局様筆頭サービス提供責任者の安易な馬鹿さ加減を何度も本人に言った。同席していたNPO法人常勤理事の智子さんが
 「あんなに何度も『頭が悪いから』とか『馬鹿だから』と言い続けるとは思わなかった。誰もお局様筆頭サービス提供責任者に、そんなこと言えない。佐藤さんだから言える。」
 と、言った位、何度も言った。
 「もう定年間近だし、可哀そうだから言った。給与などの条件も聞いていないし、ほかのツートップは管理するので自分は動かない。収入源はカリスマが連れて来る利用者だけだ。利用されて終わりだ。それに、指定を受けるまでに時間が空くので、その間の二人の人件費を負担することが出来るのか。自分は貰わなくても良いが、後は他人だ。今当社はその者に一人40万円を使っている。そのほか、携帯電話や移動経費、保険、制服、バイクなど沢山の経費が掛かっているが、負担出来るのか。そう考えると、お局様筆頭サービス提供責任者である60歳の婆さんが可哀そうになった。」
 「それで社員一人一人に、辞めると電話を掛け始めたのは、誰かが辞めないで下さいというのを待っているんですね。」
 「一人でもいれば、いつもいうセリフ『みんながそう言っている』という。それを盾に、辞めるのを撤回するのかも知れない。」
 そんな事になった。
 私の強硬な態度に怖れをなしたのか、利用者とヘルパーさんの勧誘をしていたが、辞めた。
 他の社員の言葉だと、
 「誰もついて行かないと思います。」
 結果的に、当社の利益率向上に自然に辞めて行くだけだ。
 当社の創生期の物語が出版される。その第3稿の点検を終えた。やはり、紙媒体で校正すると、過去2回の添付メールでの校正とはかなり違う。語句の点検しか出来なかったが、文章として、前後の流れなどを十分に見る事が出来た。だから、沢山の修正部分が出て来た。10月出版の予定だ。

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