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トップハート物語(3997)立志伝敢闘編
18/03/07
2011年(平成23年)7月上旬。
雨が降っていた。いつものように仕事をして、日課のATMに向かった。その後、SC内に有る主治医のクリニックに入った。今日は、代理の先生で数回担当して貰っていた。血圧は良好で120-78だった。
 「そろそろ採尿をしましょうか。出ますか。」
 「いや、今ですか。トイレに行ったばかりで無理です。今度、その積りで来ます。」
 「それじゃ、次は採血と一緒にしましょうか。」
 と、いう事になった。
 いつものように階段の上がり下りをして、薬を受け取って事務所に戻った。大東本社の方向がまだ定まらない。請求業務で忙しいと思うが、二人とも考えているのか。私の方は、大体の方向性が定まっている。
ただ、新たな人材を得るためのアクションをまだ起こしていない。パソコンに向かって、まず、出版予定の当社物語の第2稿目の原稿に目を通した。1999年からこの地に来て開業、創業と動いた2001年目までの3年間を綴ったノンフィクションだ。
大きな出版社から出され、副編集長が私の担当の編集者だ。このようにして、本が出来あがって行くのかと感心しているし、編集者の仕事は本当に大変だと思っている。
 最初よりは、問題個所も大幅に減って、スムーズに進んでいる。ネガティブの部分は全部カット、個人的な問題やら家庭の複雑詳細に亘る表現なども簡略して、読みやすい文章となっていた。
晩秋10月後半を目途に出版されるが、先日NPO法人常勤理事の智子さんと話しをしていて本心を言った。
 「まず、表題である当社の名前を消して、ぼかした標記にしようと思う。地域の特定が出来ないようにそれも消した。個人の特定も極力出来ないように消した。利用者や問題社員なども特定出来ないようにした。しかし、お世話になって活躍している社員の名前は出してある。但し、氏は書いて居ない。自分の名前も消したが、編集者から『氏だけでも出さないと、真実味が無くなる』と言われて、渋々諒解した。この地域で分からないように出版して、全国でも遠くの地方で少しでも売れればいいと思っている。」
 そんな事を話しした。
 全部で15万字、A4サイズで130ページ余りだ。それが、止めよう止めようと思いながら、自分の事ながら読み応えがありなかなか止められない。もっとしなければならない仕事、処遇改善交付金と助成金の実績修正が求められているのだ。
ひと月ずれていて、昨年4月からではなく5月から今年の4月までの実績が必要だった。昨年4月のデータを外して、今年5月のデータを入れた資料を作成するのに、長時間掛かる。毎日数時間ずつ行っているが、対象人数が多く手当の内容も多岐に亘っていてなかなか進まない。もう1週間も掛かっている。
今日もある程度で終わろうと思ったが、午後からNPO法人常勤理事の智子さんは、ケアプランセンターの事務員に戻って実績入力が佳境だったので、付き合った。
 夜の6時、7時、8時といつ終わるのかと思っていながら、私も仕事が進んで結果的に終わった。直ぐに役所にファックスで送信した。20枚近くにもなった。
 議員から電話があった。突然、
 「58歳の男性なんですがね、配送の仕事をしていて生活が苦しい。今している仕事を続けながら、ヘルパーの資格を取って配送の合間に介護の仕事したい、と相談があった。」
 「本当ですか。」
 「今の仕事をしながら、資格を取れるような制度があるだろうか。」
 「いま、私が知っている制度は仕事をしていない人が対象で仕事をしている人だったら、自費で受ける道がありますが。」
 「処でどうだろうか。58歳で男性で資格を取って仕事があるだろうか。」
 「難しいと思いますが。ただ、資格だけ持って居ても仕事が出来ないと駄目だと思います。介護業界も誰でもいいという訳に行きません。」
 「おたくでは、そのような人がする仕事はどうだろうか。」
 「資格が無いと駄目ですから。他に優れた能力があるなら別ですか。」
 「何か、その男性の知人に、働きながら資格を取って正社員になった人もいると言っていた。」
 「それだったら、その人に聞いた方が早いです。そういった道があるなら。」
 何度も、当社に対して何か期待しているような感じだったが、何度も厳しい事を言って遠まわしに断っていた。やっと諦めて、
 「それじゃ、Sという人ですが、携帯に電話があったらそのように説明してくれませんか。」
 それで議員からの電話は終わった。
 仕事中にそのSさんから電話があったようだが気付かなかった。


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