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トップハート物語(3996)立志伝敢闘編
18/03/06
2011年(平成23年)7月上旬
銀行などへの業務が終わり、戻って来て新人ケアマネジャーと懇談した。話しをしようと思ったところに、隣に移動して来た自立支援サービス提供責任者が来た。
何やら話があった新人ケアマネジャー宏美さんが遠慮して出て行こうとしたが、
 「何か話があるんだったら、待ってなさい。折角、冷房を入れて待っていたんだから。」
 そう言って、戻させた。
 待っていて、相談事との話しは問題の利用者への対応だった。視覚障害との事だったのだが、私いつもする初めての時に名刺を咄嗟に差し出すと直ぐに反応して、受け取って仕舞った。
その後、バツの悪そうに
 「字が全く見えないので、名刺を貰っても分からない。」
 そう言ったが、目の前を飛んでいた蚊を手掴みした。
 そんな利用者が、訳の分からない難癖を付けて苦しめているという。その利用者の動きをつぶさに報告受けたが、ある疑心が前からあって
 「その虞れがあるから、ある時期を見てケアマネジャーを下りるように持って行った方がいい。」
 「それでも、投げ出すようで嫌だし、何が問題なのか納得行くものが得られるまで、担当はしようと思っています。」
 「分かった、くれぐれも十分な配慮を持って対応するように。」
 その件に関しては、30分程度の話だった。
続いて、認知症で転倒を繰り返していた利用者がついに圧迫骨折で入院し、食事介助が必要となって家族から派遣の相談があった。病院内でも介護保険が使えると思っていたようだ。
そして、その後、大東本社の軋轢が彼女も知っているのか聞くと、既に本社社員から聞いているという。その件に関して、私の持っている情報と結論の話しをした。
 「どうしてこの守口は何年もの間、全く問題も無く過ごしているのに、大東本社は年中行事のように引っ切り無しの問題ばかり起こしているんでしょうか。」
 「そうだよな、俺が居た時からだからもう11年も続けて起こしている。自分勝手な奴ばかりで、どうしようもない。結論的には、時間を少し貰えれば、その後の体制は作れるので二人の退職を受け入れようと思っている。みんな思惑が違っていて、バラバラで退職意思を表示しているのだが、チャンスが欲しかったのだろう。また、この地域独特の考えで、何か言えば交渉事がしやすくなるので、『退職』という言葉を言ったという事もあるらしい。自分達が、売り上げを落として、人件費だけが上がっている状況に少しは後ろめたさが生じて来たんだろう。」
 そう言って、その件については1時間ほど話しをした。
 終わった時点で、もう昼になった。一旦自室に戻って、食事をして出掛けた。
 ファクタリングでお世話になっている、世界的自動車メーカーのビルに行った。約束は、4時だった。全国、特に西日本を巡って仕事をしている旧知の社員と応接室で懇談した。2時間余り全国の動きを聞き話して、外に出た。
 外に出て、この辺にうとい私を連れて行ってくれた処は瀟洒な和風の店だった。真新しい木々が清潔感を醸し出して、気持ちが良い時間を過ごした。これからの事業の参考になる新しい情報や、全国の事業者がどんな考えでどんな行動を起こしているのか、本当に楽しい時間だった。
 全国ベースで、高齢者住宅を展開する話しは以前からその主宰者と会って親交を深めていたが、いよいよその一号店を開設して動きだした。その方との教育関係の運営を進めて行く事になりそうなのだが、わくわくしている。
私自身も、IT関係の事業を立ち上げてこれから進む道を大雑把に話をした。すでに、同じ介護事業者でもiphoneを使って新たなソフトを開発して行く事を目指している者もいるらしい。また、
 「結構みんなが使用している「○○の窓」を運営している方に会せたい、何か一緒に出来るような気がする。」
 とか、九州にも面白い人が居るとか、機会があればみんなが寄ってチームを作って動ければ、と言っていた。
 「それが出来るなら、私はこの会社を辞して、みんなのコーディネーターとして動きたいとも思っている。」
 などと、エスカレートした話に花を咲かせていた。
 夜10時半に店を出るまで、楽しい時間を貰った。

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