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トップハート物語(3925)立志伝敢闘編
18/01/18
2011年(平成23年)5月中旬。
 ATMで入金をして、研修センターに向かった。途中から、事務局が居るかどうかを確認すると、不在だった。電話で話をした。
「6月から採用予定の、元女子プロレスラーとコンタクトを取って基金訓練や今度指定を受けた働きながら2級ヘルパーを取得するというシステムに、希望者を勧誘して貰うアルバイトをお願いして欲しい。」
という事だ。
連絡後、事務所に戻り、直ぐに大東本社に向かった。朝10時に、いつもの鳥取県岩美漁港に依頼していた魚が到着するというので、向かった。昼近くに成っていたので、捌く係となってしまった70歳新人社員が、ほぼ解体を終わっていた。あとは、小さくブロックにするだけだった。
 ブリ9キロが1尾と真鱈3キロが4尾とホタルイカだった。私は、既に沢山のブロックが冷凍庫に仕舞ってあるので、みんなで分けるように言ったのだが、余りに続くので
「余り気味です。」
という。
 「申し訳ない。余りに安いので、つい注文してしまった。これから少し自重します。」
 と、言った。
 大東本社6名の社員と同じ市内に有る居宅介護支援事業所の3人で分けても余る。こちらの守口地区には、10数人居るのだがわざわざ取りに来て貰うのも申し訳ないと、声も掛けなかった。
私は、少し簡単な漬け料理をして冷蔵庫に仕舞って戻った。醤油やみりん、酒などを買いこんで本社に向かったのだ。これも購入したタッパを持って行き入りゴマを袋に入ったまま叩いて粗く潰して、酒、みりん、醤油の溜まりに付け込んだブリの切り身に掛けて冷蔵庫に仕舞った。
真鱈は、みりんを強くして甘辛く漬けて、
 「明日にでも焼いて食べるように。」
 と、言い置いて戻った。
 朝一番に、介護管理者が来た。認知症の妻と、夫に対するケアに多大なる貢献をしている。昨日、訪問時に、その夫が連日訪問し、また必要があれば隣県に住む長男の許に何度となく訪問し、遠方の長女とも電話で話をして、何とか繋がりを確保しようと粉骨砕身の努力を惜しまない。
それに引き替え、その夫は暴力暴言亭主であるばかりでなく、子供にとっては悪い親でもあった。余りにひどい仕打ちに、子供は家を出て苦労の末やっと人並みの生活をしている。何とか金を出させようとする夫は、何度も連絡を試みるが着信拒否に遭って全く話が出来ない状態だった。
 それなのに、
 「息子も娘も、ケアマネジャーから何の報告も無いと言っている。・・・」
 と、言い始め何やら作り話を始めたので、私は怒って家を出てしまった。
その時に、介護管理者は立ち会っていたが、その後の事の報告があった。
 「佐藤さんが、怒って帰った後に、夫は『佐藤さんに申し訳ない。言いたいと思っていないのに、勝手に口から出てしまう。謝って置いてくれませんか』と言っていましたので、自分で謝って下さいと言って置きました。」
 「本当に、悪人だ。初めての人が聞いたら、本当に私が何もしていないと思われる。現に、これまでもあらゆるところでそのような発言をして来たから、大きな不信感を私に対して抱いている人もいる。」
 その事は過ぎたので、いいのだが
 「問題は、認知症の妻だ。困った事になってしまった。先日、申込書を貰いに行った特別養護老人ホームだが、チョット環境などに問題がある。遠くの当居宅介護支援事業所に入所案内の手紙が来るのがおかしい。それも、開所してひと月以上過ぎてから。」
 その原因となる、心当たりのことを彼女に話をした。
 「多分申し込めば、直ぐに決まると思う。認知症の妻が可哀そうに思えて来た。幾ら家族が、私に一任していても、そんなところに入れたのかと言われる可能性がある。少し躊躇している。」
 「本人は行く気になっています。地元の私たちも、そこは少し怖い。余り近付かないようにしています。少しずつ落ち着いて来たし、もう少し様子を見る訳に行きませんか。」
 「とにかく、書類の作成はするが、時間を掛けてするか。もう少し、考える時間を取って確認を何度もしながら手続きをしようか。」
 悩んでいる。
 これまでも、悩んだら立ち止まって現状維持で居るのが一番という思いでずっと来た。
 居宅介護支援専門員の有効期間更新手続きを取った。これから、また5年間資格を使用出来る。早いもので、もう5年も過ぎたのだ。事業を立ち上げて、サービス提供責任者が5年、居宅介護支援専門員が5年。更新手続き後、地下サンマルクで美味しいケーキとコーヒーで、ささやかにNPO法人常勤理事智子さんとお祝いだ。
 明日からは、働きながら学ぶ人材を探して、ハローワークやジョブカフェなどを回って営業をして来る。

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