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トップハート物語(3922)立志伝敢闘編
18/01/17
2011年(平成23年)5月中旬。
 大事な話になると、知らんフリして、聞き耳を立てている。
 「本当は、妻が在宅に残って、夫が入所したらうまく行く。」
 と、全く話が聞こえていないようなフリをしている夫に聞こえるように言うと、直ぐに反応した。
 「それじゃ、私が入所してうまく行くなら入りますよ。」
 と、と言うので
 「それじゃ、手続きをしましょうか。それを決めるのは自分ですよ。直ぐに入れますから。」
 そう、強く言った。
 「私はこの家を守る義務がある。まだ、当分は入る訳に行かない。」
 などと言い出す。
 しかし、ここは借家なのだ。
 デイサービスの責任者も
 「何か提案をしようと思って、色々考えたんですが、手立ては何も浮かばなかった。佐藤さんの提案が一番いいと思います。それしか有りません。」
 そう言ってくれたので、結論としては
 「手続きは進めて行きます。あとはどうするのかを決めて下さい。」
 そう、夫に言って、一旦締めた。
 その足で、紹介のあった4月開設の特別養護老人ホームに行った。車で1時間程度。道路沿いに有った建物は、以前パチンコ屋だった処だと地図を見て分かった。
入り口が鉄格子と鉄の門扉で閉まっており、通常の入口が分からない。一回りしたが、無いのだ。仕方が無く、通用門のような処に有るインターホーンで声を掛けて開けて貰った。
入って行くと、もう既にひと月経過しているのに、閑散としている。これは、直ぐに申し込めば入れるなと思ったが、何となく気が重くなってしまった。何かあるのだろうか。活気が無いのだ。
介護をする人もいないし、事務所もガラガラなスペースでどうなっているのだろうかと心配になった。
 それでも、申込書を頂いて外に出た。地図を見ると、近くに公園があるので、そこを目指して歩いた。何となく異様な雰囲気だ。おっさんが異常に多いし、みんな自転車に乗って宛ても無く走っているような感じだ。
何故なら、後ろを着いて来て、振返りその姿を見るとまた戻って行くのだ。女装した男性やら、周りの店は看板だけで〆切っていた。公園にやっと着き、道を見ると大勢の一見働いて居ないと分かるおっさんが、ずらっと通りに並んで座っていた。
思わずたじろぎ、戻ろうとしたが公園内を怖いもの見たさに、注視した。立錐の余地も無く、ブルーや白のテントが張り巡らされていた。
 慌てて戻って、慌てて駐車場から発進させた。これで、色んな疑問が分かった。ここに、認知症とはいえその妻を入れるのか。当然申し込めば、直ぐに受け入れてくれるに決まっている。全て個室だ。1日2000円弱の宿泊料を支払う。大体ひと月13万円強だ。どうしようか、迷ってしまった。
結論が出るまで、私の気持ちの整理が着くまで時間が掛かると思った。この帰りに、認知症の妻と面談して説明しようと思ったが、取り止めた。直ぐに決まるからだ。彼女は、
「家を離れたい。どこかに入れてくれ。」
といつも叫んでいる。
 帰りに、寄り道をした。徳川と豊臣の大坂夏の陣の際、真田軍と伊達軍が一戦を交えた古戦場に行った。その時に、先日、先物取引に誘い込んだ突然現れたトレーダーから電話があった。
あの時には、数日で100万投資に対して50万円の利益を上げてくれた。その彼から、再度投資の誘いがあった。断った。
 「どうしてですか。50万じゃ気に入らなかったですか。」
 「気に入らないんじゃなく、それほど金が欲しいと思っていない。興味が無い。働いて稼ぐから、もう結構。」
 「信用してくれないんですか。」
 「信用したから、100万円も預けたんだろう。しかし、相場など興味が無くて、一緒に仕事をしたくて信用した証を示したんだ。もう相場は結構。」
 「良いじゃないですか。お願いしますよ。」
 「だから、金には執着していないんで、もう結構だ。」
 そういった、押し問答が暫く続いた。
 困ったものだ。折角事業で何か一緒にできればと思っていたのに、そうではなく彼は自分の投資の一部として私に興味を示したようだ。やっと諦めて、今回は電話を切った。
 デイサービスの事業計画を断念したので、その斡旋業者にお断りのメールと各種書類をゆうパックで返信した。
 その郵便局に、当社の基金訓練卒業生が働いている。その者が、同級生が立ち挙げた会社で訪問介護員として就職した。それを辞めての再就職だ。
 「結局、給与は3か月もらえなかったんです。訴えて下さい。」
 事業主の卒業生と会った時には、忙しいと言っていたが、家業が忙しいのか。


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