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トップハート物語(3909)立志伝敢闘編
17/12/29
2011年(平成23年)5月初旬。
8時過ぎに事務所を出発した。新大阪駅にはNPO法人常勤理事の智子さんがいつものように送ってくれた。思っていたとは逆に、道路はかなり梳いて30分で到着してしまった。いつもなら、4、50分掛かるのを混んで居ると予想して30分余分に見ていた。
それが、全く逆だったので駅の喫茶室で朝食を摂る事にした。私は軽くリンゴを朝食べていたのだが、サンドウィッチに珈琲で彼女はベトナムの料理のお米で出来ていた麺を食べていた。1時間ほど休んで、10時過ぎの新幹線に乗車した。
 社内では、パソコンを使用して原稿を書く積りだったので、電源を探したが見つからない。グリーン車に乗る理由は社内で仕事が出来るようにだ。昨夜から充電をしていたので、電源はなくても使用出来た。
それから2時間一心に原稿書きをしていた。暫く休むと、東京駅に到着。乗り換えて秋葉原に着いた。そこから、聞き慣れないつくばエキスプレスに乗り換える。案内板に従って、下りて行く。
ホームは同じかと思ったら、一旦出て、また地下に下りる。嫌になるほど下りてやっとチケットの販売所。入場してまた下に下りる。地下5階程度の位置にホームがあった。
 私が東京で過ごしていた時代には無かった線だ。快速で35分だという守谷に向かった。新聞など呼んで過ごしていたが、以前住んでいた新松戸の近くの三郷、流山を越え柏を過ぎると突然田園どころか、何も無い荒れ地や自然の小高い緑の風景が目に入って来る。
まだまだ進む。やっと、次男が購入した土地がある守谷に到着した。新しい駅舎だった。駅前ではなにかフェスティバルのようなものが開催されていた。今は新たな町を構築するとして取り組んでいるようだが、これから急激な高齢社会が来るし、日本全体が人口減に突き進んでいる。
 このような地方都市は、インフラや公共投資が中心街だけで周りの地域は同じ市内でも、完全に取り残される。人口が少なくなれば、大都市に人は集中する。そこに多額な社会資本整備投資がなされる。こんな地方では、将来が安全や教育面でも充分な享受が難しい。そんな印象を持った。
 新幹線の車中から、次男に守谷駅に迎えに来るようにメールを送った。そうすると、妻からメールが来た。これから自宅を出るので、丁度同じ時間に成る。守谷駅で待つようにと。あれほど参加しないと言った妻は、結局次男の迎えで出席することとしたようだ。
2時過ぎに迎えに来て貰い、現地に数分弱で着いた。相手の親夫婦や親族が来ていた。神主が型通りの祝詞をあげ始めると、小雨が降り始めた。段々と強くなり、私は傍らの妻に
 「縁起が悪いな。」 
 「そんな事言うもんじゃない。」
 などとたしなめられたが、
 段々と強くなり、我慢する必要が無いので傘を差した。順番に榊を上げて柏手を打ったが、業者が考えられない柏手を失敗したのだ。手を叩く時に、外れてしまったのだ。そして、極め付きは神主が、隣の家のガラス戸に映った我々の姿を見て、
 「心霊写真のようですね。」
 と、言い放ったのだ。
 そんなハプニングがふんだんに有りながらも、終わった途端雨が止んだ。つまり、地鎮祭をしていた30分の間だけ雨が降ったのだ。終わって直ぐに、みなさんに
 「それでは元気で。」
 と、挨拶してその場を去って、再び守谷駅に次男に送って貰った。その車中に、
 「5年以内に、ここを売って次のステップを考えないと、価値の無いものに一生返済をして行く事に成るぞ。」 
 そう注意した。
 私は要請の有った資金を出すが、それでも、次男にしては多額の借入を抱える。今の家賃程度の返済というが、それでも、借金には違いない。それも、35年だ。息子は30だから、返済終了時点で年金生活だ。その時には、その家がどうなっているか。過疎地に建てて、なお一層過疎地になってしまう。
 「大丈夫、ここは人口が増えているから。」
 「市の話ではない。中心街から離れていて、今でも過疎地なのにこれから一層進んでしまう。その時には、また相談に来るように。」
 そう言い残して、私のこの地での仕事は終わった。
この40分の為に往復6時間と5万円の交通費を掛けて来たのだ。今日はついでに、昔からの付き合いのある保険代理店の社長と東京駅で会った。
各種保険の契約書を交わし、喫茶室追分で団子2本と抹茶を頂いた。帰りの車内では、再び原稿書きを全く休まず2時間以上していた。8時半に迎えに来てくれたNPO法人常勤理事の智子さんと夕食を摂って、帰宅した。

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