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トップハート物語(3898)立志伝敢闘編
17/12/18
2011年(平成23年)月末。
中華料理のランチコースを食べてしまったので、歩かないと行けない。遠くまで来てしまって、戻るかもう少し進んで世界遺産の地域に入るか。検討した結果、折角ここまで来たのでもっと進む事にした。
とにかく、空いている。あっという間に、目的の地区に着いた。ここは10年前に一度来た場所で2度目だが、ゆっくり歩いては居なかった。駐車場は満車で、ウロウロ。やっとたどり着いた駐車場は、目的の遺構の近くだった。
千年の時を経ても、その優雅なたたずまいを残していた平等院鳳凰堂、世界遺産。入場したが、その遺産に入るのは、既に人数制限数を超えているという事で、遠くから眺めるだけだった。ブログ用に写真を何枚も写した。
 1時間ほど巡って、水量豊かな大きな宇治川に掛かる名高い宇治橋を渡った。ここを、戦国の武将が馬にまたがって越えたという。しかし、その何百年もの昔にこの橋をどうやって掛けたのだろうかと不思議に思う。
水量が余りにも多くなので、今でも難しいと思われる。対岸にある、これも世界遺産の一つとなっている宇治上神社に行った。多くの善男善女がお参りしている。この場所でにわかに敬虔な祈りを捧げる。賽銭を惜しみなく入れて、お札を求める。
 源氏物語に出て来る、架空ではあるがこの地が最後の章の舞台だ。そのミュージアムがあり入場した。20分程度の映画を上映していた。やはり、その内容が分からないと難解だ。沢山の目を見張る平安の優美な絵巻やオブジェを目にして、しばし堪能した。平安時代に、このような小説が著されたというのは信じられない事だ。
それも、女性作家によってだ。大きな浮き沈みは、今も不変だ。男性は女性に翻弄されるのは、平安時代も今も変わらない。
 ミュージアムの閉館が5時だ。まだ、陽は明るい。外に出ると、認知症を妻に持つ夫から電話があった。いつもの、何を言っているのか分からない。ワザと老人のフリをしている。リハビリの時も、往診の時も同じ口調なので、厳しく叱責を受けると普通の口調に近くなり言葉が分かる。この時も同じだった。
 「はっきり言って居下さい。言っている事が分かりません。」
 「あす、妻が泊まりに行くのですが、私は佐藤さんから何も聞いていません。」
 「それはどういう事ですか。毎日、来てくれと言われて訪問すると、妻がうるさくて眠れないので、どこか施設に入れてくれと毎日訴えていたでしょう。そして、老健とかは緊急対応や通院に同行できる家族が面談に来ないと受け付けも出来ないと言ったでしょう。それでも、どこかに入れてくれと言うので、一度利用したデイサービスのお泊まり付きを申し込みますと言ったら、お願いしますと言っていたでしょう。どうして明日行くという時に、そんな人を困らせるような事を言うんですか。止めますか。」
 「いや、お願いしたいのですが、どこに行くか聞いて居ない。」
 「ちゃんと話をしたでしょう。何を言っているんですか。だから、私はヘルパーさんが居る時しか行かないんです。」
 「いや、私が行った事が無いからどんなところか分からない。」
 「寝たきりで、起きられないのに行けないのは当たり前でしょう。行けますか。」
 「いや、以前は、私が去年末に入院中だったので、どこか分からなかった。」
 普段は、何も覚えていないと言いながらよく覚えているのだ。
 怖い利用者だ。いざとなったら、何も聞いて居ない、来ても何も言わなかった、との言葉は常套手段だ。医師も訪問看護も
 「来ていない。来た事が無い。来ても何もしなくて帰って行った。」
 などと言われる。
 とんでもない利用者で、それも役所とか地域包括支援センターとか民生員に言うのだ。
 「料金はいくらですか。」
 「それも説明した筈です。」
 「いつからですか。」
 「ちゃんと説明して、提供票も持って行って話しをしたでしょう。それに印鑑を押して、横の手の届く処に置いてくれと言ったので、置いて来たでしょう。」
 「息子に連絡をしても、出てくれない。佐藤さんから、電話して話をしてくれませんか。」
 「それはできません。」
 息子は、親の小さい時からの虐待で関わり合う事を拒否している。
市役所にも病院にも、その旨公言している。私は何度も会っているが、その気持ちが良く分かる。だから、出来るだけ私が保証人になったりして対応しているのだが、こと施設関係に関しては私では用が足りないのだ。
 全く避けられているのだが、私だったら話しが出来ると思っている。つまり、金を出して欲しいというだけのことなのだ。

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