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トップハート物語(3887)立志伝敢闘編
17/12/11
2011年(平成23年)4月下旬。
立ち上げの段階で、沢山のトラブルに巻き込まれて大きな痛手を被った。しかし、その時に多額の資金を黙って送り続けた妻の事に話は移った。
 「しかし、良い奥さんを持って幸せだよ。普通だったら、何に使うのかとか止めなさいとか口に出したいところです。それを何も言わずに出し続けているのは素晴らしい。」
 「そうですかね、私もそう思っているのです。だから、今はその恩を返すのに、給与を全額渡して居ます。自分の生活費は、自分で講師などして稼いで生活していますから。」 
 「それだけじゃ足りない。最初それが無かったらこの会社はない。」
 そんな意見を言われて、ひと段落した。
 たまたま、近くに先日東京から買って来たお土産があったので、家族分渡した。それでも、また去り難く話しは続く。
 親の話しに戻る。
 「親孝行はしているんですか?」 
 「出来るだけの事はしています。父親に反発していたので、父親の死んでいた事を知らなかった。随分後から知った。兄の死も知らなかった。そんな家族ですが、母親には恩があるのでその恩返しを今している。」
 「仕送りなんかしているの。」
 「勿論、生活に苦労しないように尽くしている。この前の震災の時にも、支援金を送った。それが一番いいと思った。物品は配送がまだだったので、金銭にした。」
 そんな話を続けて、また玄関の方に動き出したので、北海道から取り寄せた冷凍にしてある甘エビひと箱を持って行ってと渡す。
 しかし、また話を続ける。
 「しかし、この前の病気は大変だったね。」
 「本当ですよ、医者は選ばないと行けないですよ。」
 と、またその経緯を話しして、おまけとして
 「その時に、請求するからと言われて渡された保険の手術請求書用紙を見て驚きました。妻が、8社の保険に私を入れているなんて。個室料20数万を別にして、健康保険が効いて実際に支払った金額が20数万に対して保険に掛けていて支払われた保険金が百万円近くだった。つまり、私が死んだら億単位の保険金が入って来るという訳です。」
 「保険でも、色々あって60歳までは大きく補償をしているが、それを超えると補償額が大幅に下がるのがあって、私はそれを知って解約しました。」
 などと、話しは広範囲になった。
 気付くと、もう時間は12時半を回った。10時頃から2時間立ちっ放しで話をしていた。
 外に出てから、
 「こんなに沢山のモノを頂いて、有難うございます。」
 「何を言っているんですか、遠いと言ってなかなか顔を見せてくれないので、近くなるように。姑には見せないで食べて下さいよ。」
 「見せない訳に行かない。佐藤さんは、こんな人だと教えてあげないと。」
 そんな言葉を聞いて、踵を返した。
 夜になって、テレビを楽しみ眠くなって来た時間に、認知症を妻に持つ夫から電話だ。
 「相談したい事があるので一度来て欲しい。」
 この言葉は、もうたびたび聞いて居て、いつも行くと何も無い。
 もう行くのが大変なので、
 「相談って何ですか。老健に妻を入れる話はどうなりましたか。」
 これもまた、何度も訪問して話をしている。
 「だから、親族で面接に行って話を聞ける人を探さないとだめなんです。」
 「私では駄目ですか。」
 「寝たきりで、なにかあった時に直ぐに行けますか。行けないでしょう。」
 「佐藤さんに保証人になって貰っても駄目ですか。」
 「だから、私もそう言ったんです。それでも、駄目だと言われています。」
 「どうしたらいいですか。息子も連絡が来ないし、娘も遠いし。」
 「どうしたらと言われても、私ではどうしようもない。誰か親族の方で、代わりに面接を受けてくれる人は居ないんですか。」
 そんな堂々巡りをしている。
 どうしようも出来ない事で頭を抱えている。
 次男からメールで、新築する自宅の地鎮祭に来て欲しいと言って来た。

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