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トップハート物語(3872)立志伝敢闘編
17/12/04
2011年(平成23年)4月中旬。
『文部科学省は16日、福島第1原発の東約30キロ沖合で15日に採取した海水から、1リットル当たり161ベクレルの放射性ヨウ素131を検出したと発表した。原発から排水する場合の濃度限度の4倍に当たる。セシウム137も限度の2倍の186ベクレルだった。
 この地点の放射能濃度は3月末から低下を続けていたが、11日にヨウ素88.5ベクレル、セシウム71.0ベクレルに上昇。今回はほぼ倍増し、付近の海域では過去最高値となった。
 同省は「海流が南に向かっているところに、北向きの強い風が吹いたため、放射性物質が移動せずにとどまったのでは」と分析している。
 東日本大震災で避難所になっている岩手、宮城両県の学校で新学期の授業を始めるため、自治体が避難者に教室から移動を求める動きが広がっている。
 読売新聞が16日、被害の大きい両県の三陸沿岸20市町に聞き取り調査したところ、避難者のいる小中高校は計130校、避難している人は計約2万2000人に上る。移転先が水没した体育館や遠方になるため、被災者は「授業は始めてほしいが……」と戸惑う。一方、自主的に教室から立ち退く動きも出ている。
 いずれの自治体も、授業を行う教室を確保するため、校外施設や校内の体育館などへの移転を被災者に求める必要に迫られている。また、宮城県南三陸町のように始業式が5月9日以降の地域もある。文部科学省は「状況によって始業式を遅らせても構わない」と通知している。
 21日に始業式を予定する宮城県石巻市は15日、小中15校にある避難所を職員が説明に回った。約700人が教室などで避難生活する青葉中で、学校外の体育館が移転先として示された。避難住民から「自宅から遠すぎる」「教室をすべて明け渡さなくても授業はできる」と反発が出た。市は「移動先はよりよい環境」と説得中で、結論は出ていない。
 福山哲郎官房副長官は16日午後、福島第1原発から半径20キロ圏外に設ける「計画的避難区域」の対象となった福島県飯舘村と川俣町を訪れ、避難計画策定に向けた今後の対応を住民に説明した。地元との調整がついていない段階で区域設定を発表したことについて、福山氏は「困惑と不安を招き、心からおわびする」と謝罪。しかし、避難期間の具体的見通しは示さず、住民からは「配慮が足りない」などと政府への批判が相次いだ。
 飯舘村の住民約100人が参加した集会で、菅野典雄村長は「全村避難という言葉に(住民には)憤りなどいろんな思いがある」と強調。避難期間の明確化や避難先での学校機能の確保、農林商工業者への補償などを求める要望書を福山氏に手渡した。
 福山氏は、農家などへの補償を確約し、村内で飼育されている「飯舘牛」の圏外移送を検討していることなどを説明。一方で、避難期間の見通しについては「一日も早く原発を安定させ、放射性物質を放出しない状況をつくり、村に帰ってもらう努力をしたい」と述べるにとどまった。住民からは「精神的、肉体的負担への配慮が足りない」「避難するつもりはない。罰則はあるのか」といった声が上がり、集会は擦れ違いに終わった。
 この後、福山氏は一部が計画的避難区域となる川俣町に移動。住民約400人が集まった会合で、同じ町内の放射線量が低い地域に仮設住宅を造って避難を進めたいと説明した。参加者からは「子どもがいるから早く避難したい」との声も上がった。 
 【ワシントン=山田哲朗】東日本大震災で水没した仙台空港の復旧を支援した米空軍第353特殊部隊のロバート・トス司令が15日、沖縄県嘉手納基地とワシントンを結んだ電話記者会見で、被災者が海岸にマツの木で「ARIGATO」の文字を作って米軍に感謝を表してくれたと明らかにした。
 トス司令が3日に上空から見た文字は、長さ6~9メートルほどの木を並べたものだったという。同部隊は自衛隊と共に滑走路のがれき撤去や臨時の航空管制などにあたり、輸送機で水や食料も運搬した。
 司令は支援を振り返って、「驚いたのは、自分たちも被災しながら日夜復旧に努める日本人の姿だった。ありがとうは日本の人々に言いたい」と話した。 』

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