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トップハート物語(3871)立志伝敢闘編
17/12/03
2011年(平成23年)4月中旬。
今年合格して、6月には講習が終わる新らたなケアマネジャー慶子さんを加えて6名で、社内ケアマネジャー会を催した。大東市の居宅介護支援事業所の管理者菊ちゃんが急に忙しくなってしまって、時間が取れずにやっと開催した今年初めての会議だった。
彼女が忙しいので、彼女の事務所近くの「木曽路」で11時半から行った。賑わいがすごくて、個室を取ったのだが1時までとの時間制限があった。どこも、高級料理店ではランチがリーズナブルな値段で提供されるので、昼食時には満席予約なしでは入れない。
 それが、夜になるとディナーはガラガラでどこも寒々。新たにケアマネジャーになる慶子さんを歓迎して、本題に入った。まず、大きな問題は私が所属するケアプランセンターが、減算対象になってしまったという事だった。90%ルールに抵触する事になった。他の事業所を使っていた利用者が、ほとんど当社の事業所に変更を希望して、幾つも無くなったのだ。24時間体制で、なるべく限度額を超えないように図って居た事や、直ぐに対応してくれる事業者なのだから。困難事例には、数々の実績があり何とかこなしてくれるのは、当社の訪問介護しか無いのだ。  仕方が無いので、減算の申請をするがこれからの措置を考えた。本当は、NPOで指定を取得する予定だったのだが、カリスマの突然の気替わりでとん挫してしまった。その煽りで、数々の弊害が生まれていた。その一つがこれだったのだ。もう一つのケアプランセンターで引き受けて貰える利用者を話し合った。ところが、
 「当ケアプランセンターの利用者数ですが、見て下さい。」
 と、言って差し出した資料に59名の利用者名が書いてあった。
 彼女が営業して大きく依頼が増えてしまったのだ。現在、登録ケアマネジャーが一人いるだけなので、負担が大きくなる。それでも、
 「利用者が受け入れるのなら、受けます。」
 そう言ってくれた。
 次は、昨日発生した社員の祖母の徘徊の齎す問題だ。自分の家から者を盗んで行ったと、隣の家に怒鳴り込んで返せと言い張る、近所にある学校に入り込んで掃除当番だから掃除すると騒ぐなどの問題が、狭い範囲の地域で問題化して来た。民生委員などが出て来て、施設に入れろと言い出したようだ。ケアマネジャーは他の事業所なので、口は出せないが、最悪の場合当社に回ってくる虞があるので、どう対処するかシュミレーションを建てた。家族に、どうなっても引き受けてくれるところがあると安心感を持ってケアマネジャーと話し合いに入るようにして貰った。
 ケアマネジャーはあくまでも施設に入れるという考えを家族に伝えている。家族は、金銭面の問題があり受けれられないしこのまま在宅生活をしたいと希望している。その希望を伝えるように言った。自分達で考える事も大切だった。何故なら、私がその問題を相談された時に、
 「まず、何もしないケアマネジャーを替えないと行けない。」
 そう言った。
 しかし、その言葉に、利用者の家族は
 「どうしてケアマネジャーを替えないと行けないのか。」
 と、疑問を孫である当社の社員に言って来たという。
 そのケアマネジャーが、全く何もせずに、ケアカンすら7年間一度もした事が無い。全て、実績でという利用票を毎月変わりなく届ける。点数管理をするのは、全てケアをしている当訪問介護事業所なのだ。ヘルパーがサービスを提供している時に、利用票を持って来てヘルパーの名前を聞き、その名前でケアカンをしたとして記録を作成するのだ。ケアマネジャーとなっている私が何度も会議に出席した事になっている記録を作成しているようだ。そんな出鱈目なケアマネジャーが、帰る必要があるのかどうかは私が最初言ってしまったので、反省している。家族が自分で肌で感じて、適切かどうかを知って欲しい。あとから、私が変えろと言ったから替えたなどと言われては、困る。
 席を空ける時間は刻々と迫って来る。簡単に情報を提示して、1時間半は終わってしまった。
 夜、東京の友人から電話があった。22日金曜日に上京するので、その時の事の話だった。仙台の先輩が仕事で上京する。その時に、友人を集めて貰って、被災に会った話などを聞き、応援する事が主眼だ。私が、仙台を発って初めて就職した会社の同僚が集合する事になった。5人が集まる。私が住んでいた品川区大井町のその後の様子などを聞いた。懐かしかしく、当時そのままのイメージしか湧かない。
 先輩から、震災で亡くなった方の葬式で読む弔辞を書いて居るとメールがあった。70歳新人社員が大手電器メーカーOB会でPRして、成果が上がったとのメールが来た。

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