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トップハート物語(3869)立志伝敢闘編
17/12/02
2011年(平成23年)4月中旬。
『東日本大震災で福島県警は15日、放射能漏れ事故を起こした福島第1原発から10キロ圏内の大規模捜索で、新たに21人の遺体を発見したと発表した。10キロ圏内の大規模捜索が始まった14日と合わせると、計31遺体が見つかった。
 県警によると、これまでに27遺体を収容。運び出せなかった4体も含め、いずれも除染の必要はなかった。
 県警機動隊員ら約300人は同県浪江町の請戸漁港周辺を捜索。双葉地方広域消防本部の署員らも加わり、天神渕橋から請戸橋の間を重点的に捜索した。 16日には、壊れたドアをこじ開ける際などに使われる油圧式の救助用具数台を投入し、車内やがれきの下に取り残された遺体の収容を進める。15日と同様の態勢で請戸漁港付近を捜索し、今後は沿岸部を南下する方針。 
 東日本大震災の発生から1か月間に、全国から被災地に医療支援に入った医師や看護師らの数は、1万5000人以上にのぼることが、読売新聞の調べで分かった。
 国は阪神大震災で救急医療が遅れた反省から、災害初期の救命医療を担う災害派遣医療チーム「D(ディー)MAT(マット)」を全国に整備、今回の震災では発生の翌日までに全国から1000人以上が被災地入りした。2007年の新潟県中越沖地震では、42チーム、約200人が出動したが、今回はその7倍以上の約320チーム、約1500人が活動。3月22日までに支援を終了した。
 東京電力福島第1原発の復旧作業の前線基地となっているサッカー・ナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」(福島県楢葉町)に入った。日本代表選手らが合宿して練習に励んだ芝生は今、作業用車両で埋まり、白い防護服とマスクで顔を覆った「完全装備」の作業員が行き来する。取材に応じた複数の作業員は、目に見えない放射線を相手にする決意や不安を吐露した。
 国道6号を北上し、避難指示の出ている半径20キロ圏内に取材のために入ると、ほどなく国内最大級11面の天然芝サッカー場を持つJヴィレッジに着く。中央の建物の前には玄関をふさぐほど多くの防護服やマスクが山積みに。建物内部には東電の下請け企業の事務所スペースなどがあり、建物裏には簡易トイレが並んでいた。
 中央の建物内では原発へ向かう作業員らが車座になり、代表者から作業内容や注意事項の説明を受けていた。傍らではやつれた表情の作業員が床の上でひざを抱え仮眠をとる。通路の壁には「がんばれ福島」など、作業員にエールを送る国内外からの手紙が所狭しと張り付けられていた。
 防護服に着替える作業員たちの脇を青い制服の東電社員や自衛隊員が慌ただしく通る。作業員の多くは緊張した面持ちだったが、建物裏のテラスで談笑する様子も見えた。
 駐車場の一部は車両の除染場所としても使われている。原発から戻った車は、作業員3人で水をシャワーでかけ放射性物質を取り除く。除染作業に従事するいわき市の男性(28)は「1日約40台洗う」と話す。洗っても放射線量が下がらない車もあり、放射線の半減期を待つため数十台が置かれたままになっているという。男性は「原発の中での仕事は何度も断った。こっちの仕事は日給約1万円。汚染水が(体に)はねないよう注意すれば楽な仕事だ」と明かす。
 一方、原発での作業に向かう作業員の防護服にはフェルトペンで所属会社名と氏名が書かれていた。「がんばろう原子力」と背中に記している作業員もおり、原発作業へのプライドがにじむ。
 千葉県市原市の土木会社員、板東幸二郎さん(63)は元請けのゼネコンに志願して4月1日から参加した。原子炉建屋近くで汚染水をためる貯蔵タンクを作っている。危険を伴う作業について「国を守りたくて志願した。日当はもらえなくても構わない」と力を込めた。
 不安や不満も漏れる。下請けとして壁の補修などに従事するいわき市の別の男性(28)は「びっくりしたのは支払われる金額が決まっていないこと」と明かす。「元請けに聞くと『東電から金額が降りてこない』という。これだけ働いているのに、今までと同じように1日1万円とかで危険な仕事をやらされる可能性が高い。納得できなくて現場を離れる作業員も出てくるのではないか」と懸念する。作業収束の見通しも立たず「10年は続く」と見る関係者もいるという。
 盛岡市の男性(57)は汚染水が海へと流れていた立て坑(ピット)の止水作業を担う。勤務先が止水工事を得意とするためだが、原発での作業は初めて。強い放射線にさらされ約3時間で1日の限度の放射線量に達してしまう。「仕事だと思ったら来ない。任務だ」。男性は語った』

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