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トップハート物語(3856)立志伝敢闘編
17/11/25
2011年(平成23年)4月中旬。
 この震災以前から、無能な菅に不信感を人一倍抱いていた。どの番組を見ても、
「菅、辞めろ!」
の合唱だ。
これほど、無能だアホだと言われても総理のイスにしがみつきたいのだろうか。昨夜の「テレビタックル」に出演した、地元宮城県選出の小野寺議員の現場での話を聞いて泣いてしまった。
そのような事が、全ての現地で起こっている。ただ、パフォーマンスだけで、
「頑張って下さい。」
しか言えない馬鹿者に、自分達の大切な人生を委ねている事を悔しい思いで感じている人が多いだろう。
 また原子力発電所の放射能汚染の地域が拡大されて、強制的に退避となる地域が発表された。住民には全く知らされず、住民どころか市町村長などに全く知らされず。勝手に発表しているみたいだ。
強制退去を言われても、行くところが示されないという。事業を営んでいる方、農業を営んでいる方、勤務先がその地域にある方、全ての住民の生活が台無しになってしまう。やり直しがきく方は良いが、もう残りの人生を諦めざるを得ない人が多々いると思う。
その心情を思うと、ニュースを見ながらまた涙。悲しい事ばかりだ。
 いつものように仕事を始めた。明日に予定されている、入院中の利用者が退院するので、それに向けたカンファレンスがある。その資料を作成していた。ただ、家族が大勢おり、利用者は独居とはいえ主導権は家族が握っている。
その家族の意見はいつもまちまちで、お互いが協力しあう事も無いので、厄介なのだ。私は、その渦の中に入らず、決まった事のプラン作成をするだけだ。主治医も四六時中変更しているし、全く連絡がないので暫く過ぎてから分かるような時もある。
その選ぶ基準もはっきりしないし、家族間でも全く知らなかったという事もある。
 そんな方の経過資料は、不備なものも有り改めて会議に臨むために見直して、不足分は作った。朝一番で、今日の夜予定されていた懇談会のキャンセルが、大手自動車メーカーのファクタリング責任者からあった。
新規事業を予定しているコンサルタントを交えた、初めての夜の懇談会だった。私自身、この地域に来て、酒を飲みながら仕事の話しをするのは年に1回あるかどうか。それだけ、避けてここまで来た。
 一段落すると、暖かい日差しの下に出掛けようという気になって、振り込みがてら徒歩で30分の距離の銀行に向かった。閑静な住宅街や、シャッター通りとなった商店街、昔ほどではないが人通りが多いショッピングロード。
目的の隣町になる私鉄の駅前は、結構繁盛している。駅前にポニーが繋がれていた。ブログに掲載するために一枚パチッ。振り込み手続きをした後、周りを歩いた。大手スーパーは閑散としていた。商店街も賑わいからほど遠い。一通り回って、自室マンションに向かった。
 昼食の準備をしていると、申し込んでいる老人保健施設から電話があった。2名の入所を依頼しているのだが、
「一人の入居が難しい。」
との返事だった。
認知症を妻に持つ夫からの依頼でその認知症の妻の入所を申し込んだのだが、
 「キーパーソンとなる家族さんの面談を行いたいのですが、相談員まで連絡を頂けるようにお願いしたいのですが。」
 「家族さんは居ますが、旦那さんは寝た切り状態で、息子さんは利用者とは関係が断絶しているので連絡はしないと思います。」
 「それでは、これまでどうされていたんですか。」 
 「入院や入所時には、私が保証人となり手続きを取っていました。」
 「それは、厳しいです。会議に諮っていませんが、無理だと思います。」
 「確認しますが、家族がいなければ無理だという事ですね。」
 「はい、そのような状態でも受け入れてくれる施設を探された方がいいと思います。」
 どうしようもない家族関係で、逃げ場の無い状態になっている。
 入院中の利用者の区分変更申請書の手続きに保険者を訪問。それでも、家族の話しだと、
 「病院から、訪問看護を入れるように迫られている。直ぐに決めて貰わないと、探すのに手間取るから今ここで決めて下さいと言われた。」
 病院も必死だ。
 デイケアに入れろとか、施設に入れる事を準備しろとか、入院で混乱している家族に次々と要求する総合病院。自分の病院や系列機関に属するサービスを入れこもうとして必死だ。その必死さが、手に取るように分かる。在宅への方針など、現場では雲散霧消だ。
 カンファレンスに臨む、当社内のサービス担当者会議を開いた。医療機関と家族が参加する、利用者の退院後のサービスについて、MSWからの質問にスムーズに返答できるように打ち合わせを行ったのだ。
 夜は久しぶりにチキンカレーを作って、食べた。

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