お知らせ


お知らせ

RSS

一覧に戻る

トップハート物語(3845)立志伝敢闘編
17/11/19
2011年(平成23年)4月上旬。
『警察庁によると、7日午後8時現在、警察が確認した死者は12都道県で1万2690人、行方不明者は1万4736人で、計2万7426人になった。不明者が計上されていなかった岩手、宮城の5市町のうち宮城県山元町の330人が新たに計上された。岩手、宮城、福島3県の死者で身元が判明したのは82%の1万427人。
 都道県別の死者数は、北海道1人▽青森3人▽岩手3709人▽宮城7743人▽山形1人▽福島1177人▽東京7人▽茨城22人▽栃木4人▽群馬1人▽千葉18人▽神奈川4人。
 避難所は18都道県で2340カ所に設置され、15万7600人が避難している。全壊建物は9都県で4万8550戸。岩手と宮城の一部自治体で調査が進みつつあるが、福島は沿岸部の把握が困難な状況が続いている。
 東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町で、総合体育館裏手の白いテントの中に長さ2メートル、高さ50センチほどの白木の棺が並べられ、一つ一つに花束が添えられている。「せめて最後は立派な場所で休んでほしい」。津波で家族を亡くした被災者らが中心となって組み立てたものだ。
 町出身の漁師、矢沢幸平さん(49)は3月11日、岩手県大船渡市にいた。仕事場が大船渡にあるため妻が守っている南三陸町の自宅にはめったに帰らなかった。翌日、何とか町にたどりついたが妻の行方がつかめない。張り裂けそうな心配をよそに、どんどん遺体は運ばれてくる。
 「ここは生き地獄だ」
 「誰もやんねえだろうから」
 矢沢さんは、船の整備で鍛えた腕で棺の組み立てを始めた。被災を免れた大船渡市の住居から毎日南三陸町の遺体安置所に通い作業を続ける。津波で家族を亡くした人、知人を亡くした人…。周りでもポツリポツリと棺作りを始める人が増え、30人に上った。
 妻が遺体で見つかったのは震災から2週間以上たってからだった。服は身につけておらず顔は判別がつかない。矢沢さんが贈った左手薬指の指輪が、本人であることを知らせてくれた。
 「水飲んで溺死だったみてえだ。なんともいえねえな」
 避難所で知り合った僧侶の斎藤十戒さん(53)と白木の棺を組み立て、妻の遺体を抱えて静かに納めた。
 「死んだ方がよかったかも」との思いが頭をよぎることもある。それでも斎藤さんとともに亡くなった故郷の人の無念を思いながら棺作りを続ける。矢沢さんと違い、慣れない大工仕事で斎藤さんの右手の指には、血豆ができていた。
 矢沢さんら30人が組み上げた棺は100個を超えた。うち50個以上が棺が不足する被災地にあって別の自治体の安置所にも提供された。
 夏場の電力供給不足に対応するため、百貨店の業界団体、日本百貨店協会が加盟各社を輪番で休業させる方向で検討に入ったことが6日、分かった。企業ごとに平日の曜日を決めて休業する方式が有力。すでに首都圏に店舗のある百貨店各社は検討に入っており、今月下旬までに具体策をとりまとめたい考え。百貨店業界では、年間休業日数を定めた大規模小売店舗法が00年に廃止されて以降、定休日がなくなったが、今回の案が実現すれば、約10年ぶりの「定休日」復活となる。
 輪番休業の方式は、例えば、ある百貨店が月曜日に首都圏など東京電力管内の系列店を原則的に休業し、別の百貨店が火曜日に同様の措置を取るというように曜日ごとに交互に休む案を軸に検討されている。百貨店業界は、従来の営業時間短縮などでは、政府が想定する「夏場のピーク時の25%以上の需要削減」は困難と見て、輪番休業の検討に入った。』

一覧に戻る


  • ヘルパー講座・セミナー 最新情報
  • ケア事業・サービス 最新情報