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トップハート物語(3844)立志伝敢闘編
17/11/19
2011年(平成23年)4月上旬。
 『東日本大震災から28日目。7日深夜、最も強い揺れの余震が東北地方を襲い、津波警報も出された。岩手、青森、山形、秋田の東北4県が全域停電。被災者に、あの日の記憶がよみがえった。
 仙台市では、ゴーッという音がして激しい揺れが続いた。
 避難所になっている同市若林区の体育館では、多くの人が就寝中だった。避難しているタクシー運転手、幌村勝四郎さん(51)によると、揺れで悲鳴があがった。窓ガラスが割れ、飛び散った。すぐに全員が外に出て、ラジオを聞きながら揺れがおさまるのを待った。避難所の外からも、車で人が集まり始めた。
 同市宮城野区の東北厚生年金病院には、地震でけがをしたという市民が約20人ほど来た。人工呼吸器を付けた在宅患者も来院。停電で呼吸器が使えなくなったとみられる。病院側は急きょ医師約10人を呼び出して対応した。
 同市太白区の宮城社会保険病院にも、近所の人たち約400人が避難してきた。市内が停電したため、明かりのついている病院に集まってきたらしい。
 3月11日の地震と津波で多数の死者が出た宮城県山元町では、消防車がサイレンを鳴らしながら津波警報を広報した。町の防災無線は全て壊れており、南北に広がる堤防も壊れている。
 同県塩釜市でも高台へ避難するようにという放送が流れた。JR塩釜駅前に住む小幡忠義さんは「外へ逃げたが、揺れで歩くのがやっとだった。高台へ逃げようとする車で一時は騒然となった」と話した。
 同県東松島市の鷹来の森運動公園へ向かう道は、避難する車で渋滞した。自家用車でやってきた男性は「2キロほどの道のりに30分かかった。数百台が駐車場に押しかけ、入りきれず路上に並んでいる車もある。津波が怖い」と話した。
 震度6強を観測した同県栗原市。市立若柳病院で電話口に出た男性は「ドーンと突き上げられるような揺れで、前回よりすごかった」と話した。
 市立栗原中央病院には、打撲や骨折などのけがをした人が続々と訪れ、医師約30人が治療に追われているという。病院は停電しているが、非常用電源で医療機器は作動しており、240人余りの入院患者の命に危険はないという。
 盛岡市の岩手県庁には大きな揺れの後、作業服姿やトレーナー姿などの職員が自宅から続々と集まった。自家発電によるテレビで津波情報などを確認。約30人ほどが電話をかけて情報収集を始めた。
 津波で役場が全壊した岩手県大槌町。避難所となっている中央公民館にいた小向幹雄さん(75)によると、物が落下するなどの被害はないという。非常灯がついており、住民に混乱はないという。テレビもついており、避難所の住民が集まっているという。
 盛岡市内は停電になり、街灯や信号機が消えた。走っていた車は速度を落とした。繁華街では飲食店の客が外に出て身を寄せ合い、歩道がごった返した。カラオケ店にいた市内の会社員女性(26)は「最近は余震慣れをしてきたが、今回のは違った。店員が冷静に『非常階段で避難を』と呼びかけ、5階から下りてきた」と不安げだった。
 住宅街でも、着の身着のままで飛び出して来た人たちが不安そうな表情で携帯電話をかけたり、マンションの窓から懐中電灯を光らせて辺りの様子をうかがったりする人がいた。消防車が巡回し、住民に「大丈夫ですか」と声をかけていた。
 避難所になっている福島県郡山市の「ビッグパレットふくしま」では、地震の揺れで、約2千人の避難者が不安そうに身を寄せ合った。職員が見回ったところ、けが人や施設の被害はなかったという。
 福島市の避難所「パルセいいざか」に避難している同県南相馬市原町区の伊達順子さん(57)は「地震があって、すぐに外にとびだした。3月11日の恐怖が消えず、まだ震えが止まらない。不安です」と話した。 』

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