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トップハート物語(3843)立志伝敢闘編
17/11/18
2011年(平成23年)4月上旬。
人材を得る目的で、受け入れる事にしたのだ。百万円は、彼に対する信用代だ。それで裏切れば、彼とは終わりだ。その掛けに打って出たのだ。百万円は大きいお金だが、それで失っても余り損だとは思わない。今までもそんな事は続いて居た。
 彼が来て、長時間話し込んだ。相場の話とは全く関係の無い話だ。これまでの人生の話だった。しかし、時間も迫って来たようで11時半頃になって、
 「もう時間も無いので、本題に入っていいでしょうか。」
 「説明なんて要らない。百万円遣るから、預かり証を出して下さい。それだけでいい。俺は、儲けようとは思っていない。五十万くらい儲けても、言葉はあれだが、嬉しくもなんともない。ただ、お前と何かの縁を感じるので、その近付きの代金だ。」
 「私も、この商売に限界を感じて来ているんです。虚業である事は分かっています。それを実業に替えたと思っています。私にできる事は何でもします。その時は声を掛けて下さい。」
 親が警察官で姉が放射線技師だと言っていた。
 話の内容や金澤大学出身で、その経歴も立派なものだった。行動力も有り、魅力を感じて居た。
 資金運用の手続きの説明やリスクを話しをした。そのほとんどを聞いて居ない。そのまま、隣のSCに行って取引銀行から百万円引き出して彼に預けた。後はどうなるのか、NPO法人常勤理事の智子さんは不安たっぷりだったのだが、
 「俺の人を信用する性格は直らない。最初相手を信用する。それから、自分を信用して貰う。それが俺の生き方だ。」
 そう自嘲気味に言った。
 もう11時40分を回ったので、出発した。12時に、認知症を妻に持つ夫のカンファレンスがあったのだ。ひとつは、認知症の妻が隣の家や通行人に救急車を呼んでくれと何度も言いに行くので、私に対する公的機関からのクレームや圧力が強くなった。
認知症がひどくなって、24時間対応は難しいので、拒否する施設への入所を再度検討することとなった。
 夫は何度も拒否から、
 「自分が寝たきりなので、面倒見られないし入所させて下さい。」
 と、申し出ていたが、アクションを起こすと拒否する言動が続いている。
施設側にも迷惑が掛かるし、モニタリングの私の技量に不信感を感じてしまっている。その時々に、嘘をつく夫に辟易してしまっている。
 再度確認すると、施設に入れてくれと言いながら
 「一月で戻して下さい。」
 「そんな事は出来ない。老人保健施設なので半年は入所していると思って下さい。」
 「それだったら、妻や息子に聞いてから返事します。」
 そう言うが、また入れてくれという。この短い時間の間に、何度も何度も言う事が変わる。
 昨日、救急搬送されて、何の問題も無かった事に触れた。一旦帰宅して、再度、夕方に隣の方に救急車を呼んでくれるように頼んだ件は、昨日訪問介護が確認すると、
 「誰も言いに行かないし、隣の人も来て居ない。」
 と、緊急を連絡して来たとなりの人に対して失礼な嘘を平気で言う。
 その件を問い詰めると、
「妻がした事で自分は知らない。」
と言い出す。
 早く話を打ち切って、帰りたかった。
 「電話は私に掛けて下さい。」
 「幾ら掛けても出てくれない。」
 「そんな事はない、全く掛かって来ない。着信履歴も無い。」
 第三者に訴える事によって、私が窮地陥って自分に対応してくれるものと思って、好き勝手なことをしている。
 30分で終わり、寝たきりの状態では足腰が全く動けなくなるので、自費で動く事を主眼として30分程度の移動介助を入れる事になった。
 近くの、美味しいという評判のチキンカレーの店に行った。スパイスに特徴があったが、驚くほどのうまさではないと思った。しかし、NPO法人常勤理事の智子さんは、
「美味しかった。」
と感激していた。
店名にベトナムの名前を付けて居た。
 そのまま、認知症の夫が妻の入所を希望する老人保健施設に入所の申し込みをしに行った。続いて、大東市にある居宅支援事業所「エスパル」の管理者を追い掛けた。余りに忙しくて、事務所で会う事も厳しくなってしまったようだ。
 登録を1人抱えているが、ほとんど自分ひとりで50ケース位を処理している。彼女のバイタリティーには感服する。業務の妨げにならないように、私が必要な行動を起こす。
今回は、就業規則の変更の説明だった。
 珈琲を飲みに行って、歩いて歩いた。春の様相で気持ちが良かった。

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