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トップハート物語(3838)立志伝敢闘編
17/11/16
2011年(平成23年)4月上旬。
『東日本大震災から3週間が経とうとしている。今もなお被災地で暮らす人たち、長引く原発問題、時間が経っても問題はまだまだ山積みだ。そんな中、4月3日放送の「ボクらの時代」(フジテレビ)で宮城県出身芸人、サンドウィッチマンと狩野英孝が地元宮城の震災について語り合った。
サンドウィッチマンは気仙沼でのロケ中に被災した。津波を目の前にし、伊達は「もう二度と思いだしたくないが、忘れられない。」と語るほど恐ろしいものだった。
そんな衝撃的な経験をしたものの、被災地から戻って来たら全く違う世界が待っていた。「カラオケ」に誘われたというのだ。普段だったら気にならないことも、被災した後に声がかかったことに戸惑ったという。そこで知った災害に対する温度差。被災した自分たちの心境と、被災地から離れて暮らす人たちとの気持ちの違いに違和感があったのだ。
一方狩野は実家の櫻田山神社が地震でめちゃくちゃになってしまった。彼も被災地以外の地方ライブに行った際、地域の温度差を感じた。今回の地震で「お客さんがこないのでは」「言葉に気をつけなければ」と思いながら出演者と打ち合わせをしたものの、実際は逆に満員だったそうだ。
地震ばかりのニュースが続き、被災地以外の人の中には「もう見たくない」と思う人もいる。ライブもいつも通り、震災前と変わらず盛り上がりを見せた。お互いが被災地の宮城出身であるだけに、この温度差に戸惑いを隠しきれなかったようだ。
また最近の気仙沼での犯罪についても触れ、伊達は海に近い米屋さんとのエピソードを打ち明けた。その人は「気仙沼は治安が悪くなった。」とも話していたと言う。震災後、現金の窃盗などが増えている。ただその人はこう言ったのだ。「普段は何もない平和な田舎。なのに今回の震災で全てを失い、何も無くなった状況で訳も分からない自分が一人。どうしようもない気持ちは分かる、泥棒とは言えない。」
離れて暮らす人々は「そんなことするな!」と言ってしまうが、被災者同士にしか分からない心情を思うと、何も言えないという伊達。実際にその人は震災で母親を亡くしたそうだ。そういう状況で相手の気持ちを考えられるとは「強い人だ」と、伊達は語る。
最後に伊達は今回の震災の支援についても触れた。東京消防庁もそうだが、自衛隊については「瓦礫の撤去、遺体の捜索など、先の見えない、いつ帰れるかわからない状態で支援にあたっている。もっとメディアに取り上げてほしい」とコメントした。今回の震災で、日本中、世界中が動き出している。伊達は芸人としてではなく、人として冷静に被災者の意見を代弁しているような気がした。
 岩手県大船渡市末崎町の山岸冷蔵の冷凍保管室で大量のサンマやサバ、イカを処分する作業が続いている。
 地震と津波で保管室が被害を受け、冷凍サンマなど約800トンが売り物にならなくなった。3月末から従業員らが包装紙やビニールなどを分別し、サンマは土に埋めている。
 業務部長の泉田幸治さん(63)は「従業員が残業して加工・製造した魚のあわれな姿を見ると涙が出る。魚が取れる8月までに事業を再開するよう、がんばりたい」と言葉に力を込めた。
 茨城県神栖市の「はさき漁協」所属の底引き網漁船「第5松丸」(15トン)が5日、千葉県銚子市の銚子漁港・市場に水揚げできず、引き返していたことが分かった。銚子市漁協は茨城沖の水産物は安全性が確認されていないとして受け入れていないという。
 はさき漁協関係者によると、同船の篠塚松彦船長(52)は同日、3人の乗組員とともに震災後初めて出漁し、鹿島灘沖約35キロ付近で操業した。午前6時ごろ、ボタンエビやキンキなどを銚子港に水揚げしようとして連絡したが、市場から「茨城で取れた魚は入港を控えてほしい」と断られたという。
 これに対し、銚子市漁協は「(安全が確認でき次第許可するという)当初方針に基づき茨城県の船からも千葉沖の水産物を受け入れており、拒否したのではない」としている。』

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