お知らせ


お知らせ

RSS

一覧に戻る

トップハート物語(3825)立志伝敢闘編
17/11/09
2011年(平成23年)3月末日。
『宮城県の小林伸一教育長は31日、県立高校のうち津波被害を受けた気仙沼向洋(気仙沼市)など3校に加え、志津川(南三陸町)も停電と断水が続いており、校舎が使用不能になっていることを明らかにした。4月21日に始まる新学期では、4校は近隣の他の高校施設を借りて授業を行う方針を示した。
 東日本大震災後初めて開かれた教育委員会で報告した。このほか校舎が使用できないのは宮城水産(石巻市)と宮城農(名取市)。
 気仙沼向洋と宮城水産は、各市内にある他校の空き教室を利用して授業を再開。宮城農と志津川は代替施設が近くになく、宮城農は県南地域、志津川は登米市内の他校にそれぞれ移る予定。
 小林教育長は「受け入れ側の収容能力には限界があり、複数の学校に分散せざるを得ないケースが多い」と説明した。
 県教委は間借りできるのは数カ月~1年とみており、志津川は現校舎に戻ることを検討する。他の3校は、仮設校舎を建設する予定。
 志津川以外の3校は「津波に襲われた現在地での再建は難しい」として、別の敷地に移転新築する方針を固めている。
 県教委は震災による犠牲者数も報告。31日現在、公立・私立学校の園児と児童生徒の死者は219人、教職員は14人。行方不明者は園児と児童生徒が711人、教職員は7人に上っている。
 宮城県南三陸町は31日、町外に集団避難する住民の名簿とそれぞれの避難先を発表した。県内3市1町の10カ所に、希望者の約8割にあたる1120人を集団避難させる。出発は4月3日午前10時の予定。希望者のうち328人は今回、避難先の受け入れ枠を超えるなどして対象から漏れた。
 避難先として決まったのは、大崎市鳴子温泉に570人、栗原市の6カ所に282人、登米市の2カ所に235人、加美町に33人。山形市など2市2町の13施設は希望者が少なかったため、今回は避難先にすることを見送った。
 集団避難の意向調査は3月26日から29日に実施。避難住民約9500人のうち5124人が回答し、1448人が集団避難を希望し、約3700人は希望しなかった。
 町は避難先を決めるに当たり、集落単位での避難を最優先し、中瀬町、細浦の2集落が対象となった。他は先着順とした。
 町は今回、希望したのに集団避難できなかった人や辞退した人、未回答の人の計約4000人を対象に2次募集を行う。
◎希望通り集落ごと、この先どうすれば 明暗分かれる
 宮城県南三陸町が町外への集団避難の対象者と避難先を発表した31日、新しい避難先が決まった住民は生活再建への思いを新たにする一方、対象から漏れて避難所生活を続ける住民は先行きへの不安を募らせた。
 同町志津川の中瀬町行政区は避難世帯の9割がまとまって、登米市東和町の旧鱒淵小への集団避難を希望。集落単位の移動を勧めていた町は優先的に、同行政区117人の避難を決めた。
 住民をとりまとめた佐藤徳郎区長(59)は「南三陸町から近く、希望が通ってうれしい。住民が協力し合い、自分たちでできることは自分たちでしていきたい」と話す。同行政区が避難生活を送る入谷小でも、住民は避難所の運営に、積極的に関わっている。
 震災で同行政区は197戸のほとんどが津波で流され、残った住居はわずか7戸にとどまる。佐藤区長は「行政区のみんなで一緒に町に戻ってきたい。復興まで頑張る覚悟はある」と力を込めた。
 希望した新天地での再起がかなわなかった避難者もいた。同町志津川の宮川安正さん(72)は「本当に残念。これから先、どうすればいいのか」とうなだれた。
 自宅は津波に流され、夫婦で町総合体育館に身を寄せる。宮川さんと妻弘子さん(65)は栗原市の施設への避難を望み、意向調査票を提出。しかし、名簿に希望した施設は記されてなかった。
 肩を落とす宮川さん。弘子さんは持病を抱え栗原市の病院に通う。知的障害がある長男(42)は気仙沼市の施設で暮らす。病院と施設に足を運びやすい位置に、切望した栗原市の施設があった。
 宮川さんは「家庭の事情をくんでほしかった。2次募集に懸けるかどうか検討したい」と話した。』


一覧に戻る


  • ヘルパー講座・セミナー 最新情報
  • ケア事業・サービス 最新情報