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トップハート物語(3817)立志伝敢闘編
17/11/05
2011年(平成23年)3月29日。
『枝野幸男官房長官は29日午前の記者会見で、福島第1原発の敷地内の土壌からプルトニウムが検出されたことについて「核燃料に由来すると思われる濃度比率のものが報告されているので、燃料棒から出ている可能性が高いのはほぼ間違いない。燃料棒が一定程度溶融したと思われることを裏付けるものだ」と述べ、核燃料や格納容器が損傷している可能性があるとの認識を示した。
 枝野氏は「大変深刻な事態だが、それによる周辺部への影響をいかに阻止し、収束させるかに全力を挙げている」と述べた。
 被災者支援のため来日したイスラエル政府派遣の緊急医療部隊が29日、宮城県南三陸町の避難所となっている総合体育館に医療センターを開設、診療を始めた。
 ロシアのクライニー漁業庁長官は28日、福島第1原発事故を受けて、日本からの海産物輸入を停止すると述べた。インタファクス通信が伝えた。
 同長官によると、日本からの海産物輸入は「年間680万ドル(約5億5000万円)程度のわずかな量」で、輸入停止の影響は小さいという。
 宮城県南三陸町で唯一の病院、公立志津川病院は、入院患者の半数以上を高齢者が占めるごく普通の地方病院だった。患者の命を救おうとして3人の看護師と看護助手が波にのまれた。
 志津川湾に沿って走る国道45号に面した町営病院。東棟(4階)と西棟(5階)の2棟建てで、廊下でつながっていた。津波が起きた11日は109人が入院し、その半数が自分で歩くのが難しい65歳以上の患者だった。
■水、5階のぎりぎりまで
 午後2時46分。ガガガと横揺れが起きた。
 東棟4階の405号室。勤務してまだ5日目の看護助手伊藤梓さん(24)が、先輩の看護助手、菅原若子さん(52)に付いて男性患者の手足をお湯で洗っていた。
 洗面器の湯がばしゃばしゃとこぼれた。伊藤さんは冷静だった。「大丈夫ですからね」。菅原さんと一緒に患者を落ち着かせ、ぬれたパジャマの着替えを手伝った。菅原さんは伊藤さんに助言した。
 「患者さんが不安にならないように目を離さないでね」
 それが伊藤さんと交わした最後の会話になった。
 ナースコールが鳴りやまない。廊下を点滴を持った看護師が行き来する。
 「もっと上へっ」
 星愛子・看護部長(55)らが声を上げた。防災放送が大津波を知らせていた。東棟にいた病院スタッフや患者は5階建ての西棟へ。
 しかし、エレベーターは止まっていた。歩けない患者を引き上げるのは2、3人がかり。人手が足りない。階段ではパニック状態となった患者が、手すりを持ったまま階段をふさいでいた。力尽きてしゃがみ込む患者もいた。
 悲鳴に似た声が上がった。
 「波だ。逃げろ」
 真っ白な横一線の高波が猛烈な勢いで押し寄せるのが病室から見えた。防潮堤を越えると、車や船を押し流しながら突進し、目の前のショッピングセンターが一瞬で泥の水に沈んだ。 』

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