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トップハート物語(3789)立志伝敢闘編
17/10/21
2011年(平成23年)3月23日。
 『22日午前9時半ごろ、東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市松崎片浜、気仙沼信用金庫松岩支店で「金庫が荒らされた」と男性職員が110番した。気仙沼署の調べで、店舗1階奥の金庫室から現金約4000万円が盗まれたことが判明。同署は、震災に乗じた多額盗難事件として捜査している。
 県警によると、津波の被害で金庫室の鉄製扉の自動電子ロックが壊れ、施錠されていなかったが、職員らは気付いていなかったという。店舗は津波で損壊し、誰でも店舗に入れる状態だった。
 22日午前に店舗の後片付けに来た職員が被害に気付いた。19日午前には金庫室の現金が確認されており、県警は連休中に盗まれたとみて調べている。
 仙台市が東日本大震災で壊れた食器類や家具などの「震災ごみ」の回収を始めてきょう22日で1週間。震災ごみではなく通常ごみを持ち込む市民がいるなど、課題も見えてきた。市は「どうかマナーの徹底を」と呼びかけている。
 東日本大震災で津波による甚大な被害を受けた宮城県東松島市と亘理町で22日、犠牲者を弔う土葬が始まった。両市町で遺族らが28人を見送った。火葬が限界に達したことに伴う措置だが、遺族からは「何とか火葬してあげたい」と悲痛な声が上がる。ぎりぎりの判断を余儀なくされている自治体は、「手厚く葬りたい」という遺族の心情に配慮しながら、時期や場所の検討を慎重に進めている。
 650人以上の死亡が確認された東松島市では、旧クリーンセンター跡地(同市大塩)に開設した市営墓地に24人が埋葬された。
 自衛隊員が深さ約1メートル、幅約2メートルの墓穴に遺体を納めて敬礼。遺族は農家から譲り受けた花や遺品をひつぎに入れ、両手を合わせて冥福を祈った。冷たい風が吹きつける墓地には、むせび泣く声が響いた。
 同市大曲の熱海秀子さん(77)は、臨月だった孫娘の高橋奈美子さん(30)を弔った。「小学4年のひ孫には、母親の死をきょう伝えた。私の一人息子も孫娘の夫の行方も分からない。涙も枯れてしまった」と悲しみに暮れた。
 避難誘導中に津波に襲われて亡くなった同市野蒜の消防団員千葉和久さん(60)の埋葬には、石巻市に住む娘の斎藤郁子さん(29)が立ち会った。「優しく厳しい父らしい最期だった。いつか、ちゃんとしたお墓に入れたいと思う」と話し、込み上げる涙を拭った。
 東松島市では22日までに658人が亡くなり、うち493人の身元が判明した。市火葬場は1日6体の火葬が限度で、土葬を始めざるを得なくなった。火葬を希望する遺族には、2年後をめどに改めて火葬することを説明している。
 亘理町も同日、寺院に4人を埋葬した。これまで収容した遺体は200人近い。担当者は「火葬の難しい状況を説明し、遺族にお願いしている」と話した。
 仙台市は市営の葛岡墓園(青葉区)で、およそ1600人分の埋葬地の整地を進めている。土葬に必要な条例改正などの手続きは26日までに終え、早ければ27日に遺体の受け入れを始める。
 市内の火葬場は葛岡斎場1カ所だけ。1日最大で48体の火葬が可能だが、燃料不足のため限られるという。市生活衛生課によると、10日先まで予約が入っているといい、火葬を執り行うために山形県へ向かう遺族もいるという。
 宮城県七ケ浜町は20日、町内で最も被害が大きかった菖蒲田浜海水浴場付近の空撮写真を公表した。
 写真は13日に撮影され、1888年に東北初の海水浴場が開設された菖蒲田浜地区は、約500世帯の住宅が跡形もなくなった。防波堤も崩れ、白砂青松の砂浜も大きくえぐれている。津波は内陸部に入り込み、写真右上の高台にある汐見台団地にも迫った。
 町では海沿いの松ケ浜、花渕浜、吉田浜、代ケ崎浜でも被害を受けた。20日午後8時現在で45人が死亡、46人が行方不明になっている。』

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