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トップハート物語(3778)立志伝敢闘編
17/10/15
2011年(平成23年)3月21日。
 『目に見えない「放射能」との戦い――。
 東京電力福島第一原子力発電所に派遣され、3号機の使用済み核燃料の一時貯蔵プールに放水した東京消防庁の緊急消防援助隊は、被曝(ひばく)の危険にさらされながら、懸命の活動を続けた。同隊隊長らが行った19日の記者会見から、「恐怖の連続だった」という7時間半の任務が明らかになった。
 18日午後5時過ぎ。同隊が現場に到着すると、想像もしていなかった光景が広がっていた。
 事前の計画では、3号機そばの岸壁から送水車を使って海水をくみ上げ、高さ22メートルから放水できる「屈折放水塔車」を投入する予定だった。しかし、周辺は津波に流された大量のがれきが散乱。送水車が岸壁に近づくことすらできない。
 いったん撤退し、作戦を変更。3号機よりもさらに北側にある1号機の北東から海水をくみ上げることになった。ただ、屈折放水塔車まで海水を送るため必要なホースの長さは、約800メートル。車両に乗ったままホースを延ばしていったが、がれきに阻まれ、残り約350メートルは隊員が外に出て、手作業で連結するしかなかった。
 当時、3号機周辺の放射線量は60ミリ・シーベルト。極めて高い値に達しており、作業が長引けば、隊員たちが被曝する恐れが高くなる。
 「いかに短時間で活動させるかを考えた」。高山幸夫隊長(54)は、防護服を着用した約20人のハイパーレスキュー隊員を率いて、長さ50メートルで100キロ近い重さのホース7本をかつぎ、手作業で連結していった。
 近くでは、放射線量を測定する別の隊員らが見守っている。作業時間は15分間。ようやく総延長800メートルのホースが一本につながった。
 送水作業が始まったのは、現場到着から7時間半後の19日午前0時30分過ぎだった。1分当たり約3トンもの大量の海水が、勢いよく3号機棟内にある貯蔵プールめがけて放水された。
 厳しい任務が終わった19日深夜、東京・大手町で行われた記者会見。同隊の佐藤康雄総隊長(58)は「これから出動してくるよとメールしたところ、妻から『日本の救世主になってください』と1行の返事が来ました」と明かした。冨岡豊彦隊長(47)は、心配をかけた隊員の家族のことを気遣い、「本当に申し訳ない。おわびとお礼を申し上げたい」と目を赤くして語った。
 ◆警視庁機動隊「任務を全う」
 同原発3号機で17日夜に放水作業を行った警視庁機動隊を指揮した警備2課管理官の大井川典次警視(56)が20日、東京・霞が関で記者会見した。大井川警視は「限られた条件の中で任務を全うできた」と振り返った。
 17日午後7時過ぎから約10分間行われた作業では、機動隊の高圧放水車が3号機に向けて計約44トンを放水。重さ約10キロの防護服を着用した大井川警視と機動隊員4人が車外で作業にあたったという。
 大井川警視は「全力を尽くしてくれた」と機動隊員をねぎらった。また、現場では東京電力社員が誘導などで立ち会ったといい、「危険な現場で黙々と働く姿をみて、少しでも役に立ちたいと思った」と語った。大井川警視は「余計な心配はかけたくない」と出動前には妻に電話で「福島に行ってくる」と短く伝え、原発のことはふれなかったという。
 警察庁によると、20日午後9時現在、東北など12都道県警が検視などで確認した死者数は8450人に上った。家族や知人から届け出があり、依然行方が分かっていないのは1万2931人で、死者と行方不明者は合わせて2万人を超え、2万1381人になった。重軽傷者は18都道県で計2701人。
 また、20日午前10時段階で約6800人の検視が終了し、約3550人の身元が確認された。このうち遺族に引き渡されたのは2320人で、徐々に増えつつあるという。
 各県の死者数は、北海道1人▽青森3人▽岩手2650人▽宮城5053人▽山形1人▽福島691人▽東京7人▽茨城19人▽栃木4人▽群馬1人▽千葉16人▽神奈川4人。
 建物の被害は、全壊・流失が9都県で1万5688戸に上っている。ただ、沿岸部を中心に壊滅的な状況に陥っている宮城や福島などで把握できていない場所が多数あるとみられる。
 また、警察が把握している避難状況は、被害が大きい宮城と福島から他県に避難するケースが増加しており、避難所は15都県に拡大。避難者は、岩手4万7443人▽宮城14万2381人▽福島13万1665人などで計35万332人に及んでいる。』

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