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トップハート物語(3759)立志伝敢闘編
17/10/04
2011年(平成23年)3月17日。
 『東日本巨大地震で津波被害を受けた岩手県陸前高田市で、津波で被災して避難所に逃れていた住民が16日午前0時頃、亡くなっていたことがわかった。
 避難中に死亡が明らかになったのは初めてで、地震後のショックやストレス、疲労による「災害関連死」と認定される可能性がある。
 避難所関係者によると、住民は、地震で被災して同市立第一中学校に設けられた避難所に身を寄せていた。容体が悪化し、病院に搬送されたが、まもなく死亡したという。
 岩手県陸前高田市で避難所生活を送っていた被災者が16日、亡くなった。真冬並みの厳しい冷え込みの中、毛布にくるまって不安と戦う日々。
 各地の避難所では心身の不調を訴えるお年寄りが相次いでおり、食料、燃料に加え、医師や医薬品の不足が深刻化している。
 亡くなった被災者と同じ同市立第一中学校に避難している女性(78)は「寒いので、厚い布団をもう1枚下さい、とスタッフに言ったが余っていないと断られた」と話す。
 この避難所には高齢者が多い。夜間は多くの住民が毛布にくるまって寝る。14日からは電気が通じ、食事はおにぎりやパンなど3食支給されているが、寒さなどから体力を消耗しやすい状況だった。避難所の関係者は「絶対あってはいけないことで、気をつけてみていたのだが」と肩を落とした。
 東日本大震災の被害は発生5日目の15日、警察庁のまとめで死者は3373人、行方不明者は7558人となり、死者・不明者合わせて1万人を超えた。地震、津波で死者・不明者が1万人を超えたのは1923年9月の関東大震災以来で、戦後では初めて。被災地は水や燃料、食料の不足が深刻な上、東北地方は大地震後初めて雨に見舞われ気温も低下。被災者の健康面への影響が心配されている。
 警察庁の16日午前0時現在のまとめによると、死者数は宮城が1619人、岩手が1193人、福島が506人など12都道県で3373人。行方不明者は岩手が3318人、福島が2220人、宮城が2011人など6県で7558人。死者・不明者数ともさらに増える見通し。
 各県災害対策本部の15日夜までのまとめによると、避難生活者は宮城県で約31万人、福島県で約10万人、岩手県で約4万5000人に上る。
 岩手県大槌町では同日午前、地震発生から92時間ぶりに75歳の女性が救出された。同町では1万人超と連絡が取れない状態だったが、県によると徐々に安否確認が取れているという。
 1万人近くが安否不明となっていた宮城県南三陸町でも約2000人の無事が確認された。
 200人を超す遺体が見つかった同県東松島市の野蒜地区では、15日午後2時までに167人の遺体を収容。福島県では南相馬市、いわき市など沿岸部で数十体の遺体が見つかったが、原発事故による規制で回収できない状況という
 東日本大震災に伴い、都は16日、都営住宅や公社住宅に被災者を受け入れることを発表した。また、同日から被災地への支援物資の運搬を本格化させた。一方、同日午後3時までに都内で測定された放射線量は15日に比べ大幅に低下した。
 石原慎太郎知事は16日、記者会見を行い、「空いているところがあれば、フルに活用していきたい」と被災者を都営住宅などで受け入れる考えを表明した。
 当面、都営住宅約500戸、公社住宅約100戸を使うことを念頭に、受け入れ態勢の構築を急ぐという。
 ガソリンの供給不足や道路の寸断などで困難だった輸送手段が改善されたため、都は同日、備蓄救援物資などから岩手県にアルファ化米10万食、クラッカー5万食、子供用肌着1万枚、飲料水5千本の搬送を開始。17日からは宮城県気仙沼市にアルファ化米4万食、クラッカー2500食、毛布1千枚と医薬品などを搬出する。
 15日に都内で通常の20倍以上が測定された放射線量は、16日未明にかけ低下。同日午後3時までの最大値は0・161マイクロシーベルトで、15日の約5分の1にとどまった。
 一方、イベントの中止や計画停電に伴う交通機関の混乱などによる休校は同日も続いた。
 都立動物園や水族園(上野動物園、多摩動物公園、葛西臨海水族園、井の頭自然文化園)は17日からの閉園を決定。21日に開催する予定だった第2回中学生東京駅伝や22日の首都大学東京の卒業式も中止となった。
 都内の公立小中高校などは93校が臨時休校、65校が始業時間を繰り下げ、531校が終業時間を繰り上げた。
 また、石原知事は「都内では買いだめが起きている。パンや飲料水などの各製造工場もフル生産の態勢に入っている」と述べ、都民に対し、買いだめの自粛や節電への協力などを求めた。』

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