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トップハート物語(3756)立志伝敢闘編
17/10/03
2011年(平成23年)3月17日。
用事があって、梅田地下街を移動中に息子から電話が来た。長男は、昨夜メールでこちらに出張で来るとの連絡があり、来る事は知っていた。2泊3日の予定だったようで、私が夜空いているのは今日だけだったが
「友人と会う。」
と言っていた。
だからこちらも昼間は忙しいので、会う積りは無かった。ところが、電話の内容は
 「友人と会う約束だったけれど、遅くなるというから止めた。時間が空いたんだけれど。」
 「今、どこだ。」
 「駅前のヒルトンホテルだけど。」
 「おれは、用件があってその近くの大阪駅前第一ビルを出たところだ。」
 「それじゃ、そっちに行くよ。」 
 「来ても、酒には付き合えないぞ。」
 「酒じゃなくて、夜飯だけでも。」
 息子の要請では、聞かない訳に行かない。
 奴は酒を飲むと、管を巻いて遅くなる可能性が高いので疲れる。それに、NPO法人常勤理事の智子さんが同行しているし、毎月会って居るけれど600キロ離れたところから来て、偶然にも100メートル以内の近くにいるのも何かの縁だ。
そう思って、諦めて息子の居るホテルのいくつかのプラザビル内のグルメラウンジに行った。何を食べようかと思って、探したが、この土地のモノではお勧めは無い。
 博多水炊き「華味鳥」に入った。
話やテレビでは見ていたが、水炊きを食べるのは初めてだ。満席で、
 「予約されていますか。」
 と、聞かれて待たされたが、直ぐに通された。
 予約をしないと行けないというコース料理を聞き、確認して
「大丈夫です。」
とい返事を貰ったが、その前にみんなに
 「こう書いてあるけれど、店に聞くと「大丈夫だ」と言って来るから。」
 そう言っていた事が、その通りになった。
 前菜などのメインディッシュの前に来る料理は全部とり料理で、それだけで腹一杯になった。本命の水炊きが出て来たが、鳥だけの鍋であと何にも入って居ないのが出て来て驚いた。
その時点では、既にお腹が一杯。しかし、その後も続けて、鳥の各部位が鍋に投入されてみんなダウン寸前。
 その後、やっと野菜や豆腐類が出て来た。まだあるという。
 「ちゃんぽんかおじやが出ますが、どちらが良いですか。」
 既に私はダウン。息子が
「沢山頼み過ぎたから。」
とかあれこれ文句を言いながら、ちゃんぽんを頼んだ。
私はもう駄目だった。コースでも2人前くらいが良かったかもしれない。
 「食べられもしないのに、勝手に一番高いのを頼んで、食べられないともう連れて来ないという悪い癖がまた出た。」
 息子はそんな文句を言いながら、ビール2杯と冷酒4合くらい飲んで居た。
私は、折角だから博多にちなんで「太宰府梅酒」を2杯飲んで居た。ここまで、折角連日カロリーを抑えて歩行を続けていてダイエットに励んで居たのに、強制的に酒に付き合わされてカロリーの高い食事を摂取してしまった。
長男は、肉料理を食べたかったようだったが、NPO法人常勤理事の智子さんの希望に沿ってここに入った。
 2時間と言われたが、ちゃんぽんが出た段階で既に2時間は超えていた。そのあと、玉露入りの抹茶を飲んで季節の果物を食べた。3時間近く付き合った。仙台の地震の話しが出ていたが、被害に遭ったのは私の同級生や知人で、母親など親族は元気で居る事が分かっているので、長い話の中での話題にも成らなかった。
 話題と言えば、僅かに妻の妹の娘の結婚が決まったようだという情報が息子から示されて、私が
 「もうそろそろお前も決めるように。」
 「俺は行きそびれて、無理だろう。」
 などと、親の心配をよそに言った。
 やっと、解放された時間は既に9時半を回っていた。会って3時間近く経過していた。駐車場は2400円も掛かってしまった。一目散に戻り掛けると、妻からメールだ。
 『お母さんは、避難所から自宅に戻った。電気も通っているし、灯油も有ってゆっくりと寝られるそうです。食料品もストックが沢山あり、大丈夫だそうです。』
 そう言って来た。
 自分の家族だけで申し訳ないが、急いで行く必要も無く、交通が遮断していてどうしようか考えていたが、落ち着いたら行けるまで大丈夫なので、安心した。


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