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トップハート物語(3744)立志伝敢闘編
17/09/26
2011年(平成23年)3月14日。
 『東日本大震災で村井嘉浩宮城県知事は13日、県内の死者数について「万単位になる」との認識を示した。津波で壊滅状態となった宮城県南三陸町では、引き続き約1万人と連絡が取れず、安否確認ができない住民は宮城、岩手両県などで数万人に拡大。福島県を加えた東北を中心に、犠牲者は空前の規模となる可能性が高まった。宮城県内で孤立状態の要救助者はなお2万人を超える。
 宮城県警の竹内直人県警本部長も「収容される遺体の数が万人単位に及ぶのは必至」と言及した。いずれも県災害対策本部会議で発言した。
 各警察本部がまとめた死者は宮城515人、岩手500人、福島220人など全国で計1353人、行方不明者は1085人。東松島市で13日、新たに発見された200人以上の遺体の一部も収容された。
 このほか仙台市若林区荒浜で200~300人の遺体が見つかっている。岩手県によると、陸前高田市ではがれきの下から116人の遺体が見つかった。
 約1万人と連絡が取れない南三陸町のほか、市街地の約5000戸が水没した陸前高田市でも大多数の住民の安否確認ができていないという。
 福島県は13日、浪江町で新たに918人と連絡が取れなくなり、計1167人と連絡が取れないと発表した。岩手県は、大槌町の町長や職員らと連絡が取れていない。
 宮城県内の要救助者は同日夕現在、約2万人。陸上自衛隊や宮城県警は、他県の自治体、消防などの協力も得て救助に当たっている。宮城県などによると、女川原発(女川町、石巻市)に2000人、女川町出島小に児童300人、南三陸町の志津川ベイサイドアリーナに800人、気仙沼市大島では1700~1800人が孤立している。
 被災地周辺は余震が続き、気象庁は3日以内にマグニチュード(M)7以上、最大震度6の余震が発生する確率は70%としている。
 警察庁などによると、避難者は、宮城、岩手など6県で45万人以上となった。気象庁は東北の太平洋沿岸に出していた津波注意報を全面解除した。
 政府は、激甚災害指定を行う政令を12日に閣議決定したと発表。自衛隊の災害派遣を10万人態勢とする。
 津波から逃げ遅れ犠牲になったとみられる200~300人の遺体が見つかった仙台市若林区の荒浜地区では、地震から一夜明けた12日、辺りを覆う無数のがれきの撤去作業や、けが人の救出活動が本格化した。
 海岸に近づくにつれ、道路には亀裂が走り、陥没があちこちでみられる。津波で押し流された防風林の松の大木や家屋の屋根などが道路を寸断。道路脇の田んぼは完全に水没し、がれきの山と化している。少し離れた港湾の工業地帯からは黒煙が立ち上り、上空には防災ヘリが飛び交う。
 近くの避難所の小学校で一夜を明かしたという同区の農業、横田一男さん(73)は「避難所へ逃げる際には、まだたくさんの人が集落に残っていた。自分は助かったが、家や田畑は失った。これからどうすればいいのか…」と呆然(ぼうぜん)と立ち尽くした。
 荒浜地区は太平洋に面し、市内有数の海水浴場として知られるが、一帯は低地で高台は少ない。地震発生直後、地区の住人が逃げ場を求め、高速道路ののり面を駆け上っていたという。
 同区の大学生、杉田祐也さん(19)は「余震に備えて広場に集まっていたら『津波が来た』という声が聞こえた。この辺りは逃げ場が少なく、とにかく海から離れることだけを考えた」と恐怖の瞬間を振り返った。
 路面に堆積した汚泥には多量の油が混ざり、ツンとしたにおいが鼻につく。寸断された道路の先には押しつぶされた木造家屋が一カ所に集まった場所があり、屋根の上では救助を待つ男性の姿があった。
 しばらくすると、宮城県警の救助ヘリがホバリングしながら男性を救出。憔悴(しょうすい)しきった表情をみせていたが、レスキュー隊員に「よく頑張った」と声をかけられると、少し頬が緩んだような気がした。
 余震は今も続く。重機を使ったがれきの撤去や救出活動も始まったばかりだが、大きな爪痕を残した被災地の光景を目の当たりにすると、自然の猛威にはなすすべがないことを改めて思い知らされた。』

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