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トップハート物語(3732)立志伝敢闘編
17/09/20
2011年(平成23年)3月12日。
東日本大震災翌日のニュースから。
『宮城県では三陸沿岸の町が巨大津波に相次いで襲われた。仙台市若林区荒浜地区で、200~300人の遺体が発見された。このほか、気仙沼沿岸には名取川沿いに津波が駆け上ったとみられ、午後4時に6メートルの津波が到来。県は「気仙沼市内は広範囲にわたって水没しているようだ」とし、被害状況はつかみきれていない。
 宮城県警の南三陸警察署は、庁舎3階まで海水が押し寄せた。また、石巻市大街道地区では、住宅の軒下にまで津波が達し、ずぶぬれになった男性が「電話を貸してくれ」と叫んでいた。「車に人が閉じこめられている。手を貸して」と声をからした。赤ちゃんを抱いた若い女性が「幼稚園に通う子供たちと連絡が取れない」と泣き出しそうな声で話した。
 石巻市北上では住宅10棟が津波に流され、行方不明者が出ている模様。塩釜市によると、同市沖の浦戸野々島で10棟が流された。島民約300人は中学校に避難しているという。
 建物などの中で孤立するケースも相次ぎ、仙台市宮城野区のローソンで約100人が、仙台市泉区のスキー場では約200人が取り残された。
 福島県北部の南相馬市でも広い範囲で津波に襲われたとみられ、県相馬地方広域消防本部の担当者は「多数の死者が出ているようだ」と語った。現場近くは津波を警戒し、通行止めになっている。県によると、楢葉町では冠水のため40~50棟の家屋が流されたという。
 震度6の強烈な揺れに襲われた仙台市では、住宅の倒壊や火災、道路の陥没が相次ぎ、深刻な爪痕を残した。交通機関のほか電気、水道などのライフラインは寸断され、都市機能はまひした。
 仙台市若林区かすみ町では住宅1棟がほぼ全壊。現場にいた女性は「ここにはもう住めない」と立ちすくんだ。宮城野区南目館のヤマダ電機仙台東店では天井が落下。同区大和町のガソリンスタンドは屋根が崩れた。
 太白区向山の崖沿いにある鹿落旅館は半壊。同区八木山弥生町では住宅のブロック塀が約10メートルにわたり崩れた。住人は「揺れが長く怖かった」とその瞬間を振り返った。
 同区の長町商店街では、歩道や車道で陥没や漏水があった。青葉区北根3丁目のマンションでは火災が発生した。
 JR仙台駅は構内を封鎖したため、周囲は乗客らであふれた。JR長町駅のホームで地震に遭った女子中学生(14)は「立っていられないほどの揺れで、周りの人たちと手すりにしがみついた」と青ざめた。
 仙台市立病院(若林区)では入院患者らがいったん建物外へ避難。その後、次々とけが人を搬送する救急車が到着した。市中心部の市東二番丁小は児童らのほか、オフィス街から会社員らが避難し、グラウンドは人で埋まった。
 巨大な津波が、船を、車を、住宅をのみ込んだ。街が消えた。家々がなすすべもなく燃え続けた。11日、国内で観測史上最大マグニチュード(M)8・8の地震が東北を襲った。突き上げる揺れ、牙をむき迫り来る海。東北は恐怖に震えた。
 宮城県南三陸町の高台にある志津川高に避難した。海と街を見た。
 午後3時35分ごろ、海の奥が白く波立ち、遠くで大型の漁船が流された。
 直後だ。町の中心部を南北に貫く新井田川沿いで、土煙が上がった。川を逆流した津波が、住宅を押しつぶした土煙だ。
 堤防を乗り越えた津波が、川沿いの建物を次々と襲った。瞬く間に50~60軒がなぎ倒された。
 周囲には避難住民約200人がいた。若い女性2人が抱きつき、泣きだした。あちこちから「キャー」という悲鳴が上がる。「なんで、どうして」。あまりの光景に、言葉がつながらない。
 新井田川からあふれた津波と、海から押し寄せた津波が一つと化し、町を西へ向かった。津波の高さは2階建ての町役場より高い。10メートル以上はあった。3棟ある町役場のうち木造2棟を押し流し、鉄筋コンクリートの防災庁舎ものみ込んだ。
 防災庁舎の屋上には、避難した職員とみられる30人ほどの姿があった。津波が屋上をたたいた。しばらく立ちこめる水煙。数分後、屋上が見えた。そこにいたのは10人ほどになっていた。
 防災庁舎の屋上にある高さ5メートルほどの無線アンテナによじ登り、津波を逃れた人もいた。』

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