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トップハート物語(3730)立志伝敢闘編
17/09/19
2011年(平成23年)3月中旬。
 話が終わり、ひと段落すると研修センターの専任講師から電話があった。
 「お話ししたい事があるので、明日お時間を頂けるでしょうか。」
 「どんなお話ですか。」
 「先日の、実技中に圧迫骨折をしたと訴えて、当社に講習を続けられなくなったと損害賠償請求をしている生徒に関する件ですが。」
 「それでは、今、言ってくれませんか。」
 「電話でよければ、お話しさせて貰います。請求している生徒と親しい同級生から訴えがあったんです。『電話を掛けて来て、実技中に圧迫骨折を起こしたと証明する書類を作ってくれませんか』って。実は、その実技前日にカイロプラクテックに行って腰が痛く成ったようで、何度かその後もカイロプラクテックに通ったようですが治らずに、暫くしてから整形外科に行ったようです。その時に、圧迫骨折だという事が分かって、カイロプラクテックにその旨言ったら『うちで骨折したのを黙っていてくれ』と言われたと、言っていたそうです。それに対して、その同級生にに虚偽の証明書を作ってくれと言っているので、その旨弁護士に伝えてくれと言って来たそうです。」
 そんな言葉を聞いた。
 とにかく、あれこれと難癖を付けて授業に出て来ずに金品を要求するとんでもない受講生を職業訓練に入れたものだ。直ぐに、顧問弁護士に連絡した。研修センターの事務局高学歴社員が来た。
 「15日に、市民会館で行っている教室への監査ですが、東京から来るようです。どうしたらいいでしょうか。4か所中3か所は終わったのですが、ここ1か所だけまだだったんです。」
 「東京から来るとなると、必ず何かお土産を持って帰る。少し厳しいかも知れないぞ。」
 と言いながら、自分が監査をしていた時代の事を思い出した。
 「そう言えば、俺も業界の監査を13年していた。その時に、年度末の3月になると一斉に出張監査をした。予算が余っているから使わないと行けない。俺は東京だったので、伊豆七島に出張した。3月に、何人かでいつもは船だけれど、年度末は飛行機で行くんだ。けれど着いたらすぐに宴会だ。ホテルの大広間を数人だけで借り切るような感じで、宴会をして一泊して、何も監査などしないで帰って来る。そんな感じだったが、そのままだったらゆるゆるの監査なるかも知れない。それでも、必要な物をちゃんと準備して対応するようにしよう。」
 そんな事を指示した。
 日にちが近付いたら、もう少し詰めて打ち合わせをしないと。
 大手自動車メーカーのファクタリング担当者から、施設運営のコンサルタントとの食事会に誘われた。23日に決まった。施設に対しての興味は、以前は無かったが、最近国の方針が住宅関係を中心とした方向に替わって来ている。その施設に訪問介護を併設する方針を強力に進める方向だ。その関係もあり、建設する資金が不要なようにこの地域では高齢化した団地の空き部屋を訪問介護事業所などに貸し出すことを決めた。
その団地内では、多くの利用者を得る事が出来るのと、移動時間を極力解消する事も出来る。また、デイサービスなどの設置も可能であり、配食などのサービスやコンビニなどの営業も可能となっている。今年4月から、公募が始まる。
 3時前に事務所を出て、法務局に向かって印鑑証明書を受けた。今日正式に不動産契約を交わして、隣の部屋を借りた。その足で、福祉指導センターに向かった。
「体験型実習者のレポートが出て居ない。」
と催促が来たのだ。
しかし、最初は気付かなかったが、どうやらその実習生が知的障害があるようだった。それに気付いた時には、連絡もなく来なくなった。その為に、それまでのレポートの提出を連絡しても履行されていなかった。
やっと、催促してコメントなどの処理が終わったので、必要書類を持参したのだ。1日五千円の指導料を頂けるが、それが目的ではないのだが、その支払いの事ばかり言われるので、要らないと言おうと思ったが止めた。
 その後、繁華街に出た。NPO法人常勤理事の智子さんが、事業として考えている婚活事務所に潜り込み情報を得る対応をしている間に、全国一と言われている迷路のような梅田地下街を散策したのだ。
約1時間半彷徨ったが、結果的にやはり迷ってしまった。そのお陰で、歩数がこれまでで一番という副産物が生まれた。終わった彼女とやっと巡り合い、百貨店の地下食品売り場に行った。
ターミナル駅と直結しているので、とにかく人でごった返していて大変な思いで動いた。下見をした時に目星を付けて居た食品は全部売れ切れていた。
 仙台の「伊達の牛タン」屋があった。置いてあった宮城県人会の会報を貰って来た。

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