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トップハート物語(3721)立志伝敢闘編
17/09/14
2011年(平成23年)3月上旬。
 それにしても、毎日がその認知症の妻と夫と共に生きている。退院して来て一月。弱々しかった夫は精悍な顔つきで、髭がボウボウだが意識も一層清明になって来た。一番驚いたのは、サインする字だ。
これまで、そんな事よりも早く生活に慣れてと思って、事務的な事は差し控えていた。今日も、夫と妻の両方の書類が溜まっていたので、そのうち妻の書類だけで終えようと思っていた。残りは日曜日にまた来ようと思っていた。
しかし、サインする力強い字の力を感じて、全部の書類にサインと印鑑を貰った。
 「もう食欲が無く、私が死んだら妻をどうしたらいいのか。」 
 「大丈夫、まだまだ。字の力を見ていたら勢いがある。退院して来た時には、勢いが失われていたので心配していた。」
 「このまま寝たきりで動けなくなり、死んでしまうと心配していた。」
 「大丈夫、食欲が無いと言いながら、今までは他人の3倍は食べていたから。今が普通です。内臓はどこも悪くない。長生きするから、慌てないで暖かくなったら、外に出るとかしましょうか。」
 笑いながら、死について話をした。
 介護管理者の
 「もうそろそろ終わりにしましょう。」
 と、いう声で1時間近くのカンファレンスを兼ねたヒアリングは終わった。
 冬晴れで、太陽が出ているのに寒い。もう少し暖かなら、外に出て歩くのだが。それも出来ない。NPO法人常勤理事の智子さんが最近体調を崩して、食欲が出ない。顔が細くなり、痩せて来たのが良く分かる。
一体どうしたのだろうか。心配している。常に体のどこかが悪く、体調万全という事は無い。
 事務所に戻り、パソコンの前に座る。メールを見ると、次男から久しぶりのメールだ。家を探していると言う。転職して半年余り。去年末に会った時には、転職先が合わずに早いうちに辞めるような事を言っていた。それが、
 『新しい会社も慣れて来て、働きやすいと感じて来た。これなら長く勤められそうだ。落ち着いたら、家を買いたい。守谷で探している。今年中に決めたい』
 そんな内容の事が書いてあった。
 守谷とは茨城県の守谷市だ。私が松戸市新松戸のマンション生活時代に、一戸建てに転居しようと色んな戸建てや土地に応募した。千葉県白井では土地の抽選に外れ、守谷では一戸建ての抽選に外れた。
思えば、通勤に余りに遠く感じた現在の大宮で正解だった。大宮市はその後浦和市など3市合併してさいたま市となった。やはり、政令指定都市の生活と地方の生活ではすごしやすさでは差がある。
地方は生活しにくいが、暮らし易いかもしれない。それは、定年になってからの話しだ。そんな事を少し書いて送った。
 また、期待されている購入資金の援助は、妻の性格からしたら難しいだろう。1円も出さないだろう。多額の預金を持っていて、使おうとしない。いまでも、私の世間一般から考えて多過ぎる預貯金や株券を抱えて生きている。
その余りあるお金を全く使おうとしない。私が、これまでの結婚生活期間に必要とした大きな金額の時には、思い切って出した。その思いを、今回次男の資金援助要請があったらどうするのだろう。日ごろ、
「大事な次男を相手の家に取られた。」
と公言している妻がどう反撃するのか。
 自分が、子供に冷たくして追いやった事が原因になっているのに、そんな事全く思っていない。困った事だ。
事務所からマンションに帰える道すがら、まだ資金援助の話しが来た訳でもないのに、もし来たらどうするかを考えていた。私が出来るのは、保証人になる事だけだ。資金は貸すほど持って居ない。次男も法人役員なので、会社が不動産を買い、貸しても良いかなどと思った。
また、会社の資金を貸し付けても良いかなど色々考えた。
 インターネットで一戸建ての物件を検索すると、みんな駅より15分以上歩く遠い距離にある。それで、3000万以上する物件ばかりだ。私が買おうとしていた時よりも、勿論高くなっている。エキスプレスで秋葉原まで32分とか行言っていたが、それに乗れるかどうか。
 これから、この会社の経営の行く末と子供たちの行く末が気になる頃となって来た。一所懸命に働いていた時には、そんな事を思う余裕も無かった。大きな道を余裕を持って歩く事が出来るのだろうか。
 夜も、3日に作ったちらし寿司の残りと、今日作った揚げ物を頂いた。乾燥していて、鼻が詰まって息苦しくて眠れない。

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