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トップハート物語(3705)立志伝敢闘編
17/09/06
2011年(平成23年)2月下旬。
本社のある市が実施する、求職者を採用して2年間の介護福祉士養成校に通学させて、その間の給与20万円程度も支払い交通費などの経費を全部負担して、年間1千万円近くの額を投資する育成プログラムの受託法人に当社はなった。
その手始めの面接を行った。ハローワークを通じて採用する者を募集するのが原則だが、自分達のルートで見つけるのもオーケーだ。その点からいえば、ハローワークのルートでは希望する人材は得難い。その為に、知人友人を頼った。
最初は、社員の関係者を探したが居なかったので、拡げたのだ。
 朝の少ない時間に、今年から始まった隣接市の生活保護経費削減事業に忙殺された。利用者で生活保護者の介護プランを精査する事になったのだ。その提出書類がまた大上段だ。社会福祉の専門家かというような問いかけが多く、作文に終始するような資料依頼だった。例えば、
 <利用者及び家族の「生活に対する意向」は、アセスメントをすすめ、課題が明確になって行く過程において、面接当初と比べてどのような変化が生まれて来ましたか>
 <「生活全般の解決すべき課題(ニーズ)」の、原因と背景は何ですか>
 <短期目標は、長期目標を達成するために、具体的にどのような「生活目標」と位置づけましたか>
 <介護支援専門員として、アセスメントを行う理由についてどのように理解していますか。また、アセスメントを行う専門職としてその役割を十分理解していますか>
 <課題を解決するために単なるサービスの内容記載ではなく、どのような点に注意すべきか、どういった事を大切にすべきか等の視点は、どのように盛り込みましたか>
 など、20項目に及ぶ質問があり、資料提出が定型様式は勿論諸々15程度ある。 
 その作成には、サービス事業者から受けるものもあり時間を要するのに、提出期限が僅かの間なのだ。その作成を、時間を惜しんでやるがなかなか進まない。
 時間が来て、10時半に事務所を出た。施設に立ち寄り、本社事務所に。今日の介護プログラムの面談予定の2名は、この事業所に7年前に居たサービス提供責任者の許に居る二人だった。彼は、紆余曲折を経てケアハウスの責任者となっている。型通の面接をして一応の評価を下した。まだ、2週間余りの募集期間があるので、結果はその後だ。
 本社は大きく衣替えをして、レイアウトを替え感心する机の配置にして見違えるようになった。社員5名と一緒に昼食を摂って戻った。その食事の時に、
 「こんな風に、立ち挙げた11年前には5名のメンバーが一緒に食事をしていた。あの時のメンバーのうち、2名は既に居ない。しかし、10年以上過ぎても3名が残っているのは素晴らしいだろう。」
 そんな自慢話をして、
 「それにしても、本社管理者がケアマネジャーの資格を取るとうちも6名になるな。20名くらいに増やしたい。」
 などと、話に花を咲かせていた。
 事務所に戻っても、同じように生活保護者の市に提出する資料を一生懸命に作成していた。夕方、税理士事務所に行った。半期の決算関係の打ち合わせだ。社員の請求ミスがあり予定収益が12月に入らず、その分1000万円が少ないだけで、利益的にはそれを除外しても上がっているので問題は無い。それよりの問題は、1月に1000万円、4月に1500万円、6月に1500万円の営業外収益が計上されるのが確定している。基金訓練の収益だ。その経費を最大限見積もっても、数千万円以上の経常益が上がる。税金はその40%だ。何としてでも、この6月決算月までに対策を考えないと行けない。
 それが終わってから、久しぶりに駅前のシティーホテルに行った。ケーキが美味しい喫茶室でセットを頂いて、また持ちかえりで買って帰った。体に罪なのは分かっているが、止められない。タバコが止められないのと同じ心境か。

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