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トップハート物語(3690)立志伝敢闘編
17/08/27
2011年(平成23年)2月中旬。
 「俺が、介護サービス提供責任者から今の管理者に引き継ぐ時には、誰も他に替わるなんて言わなかった。何を言いたいの。」
 それなら、ヘルパーと利用者を連れてどこかに行けばいいじゃないかと言い掛けたが、言葉を飲み込んだ。
 数字の問題になった。
 「言いたくないが、支援費部門は言わないと行けない状況になっている。大東本社の数字は、今言った通り急上昇しているし、この守口の介護は大幅に伸びている。二つの居宅介護支援事業所も順調に数字を上げている。驚いたのは、発足当初期待も気に求めて居なかったのに、福祉用具レンタル部門が年間1千万円の売り上げを記録し始めて来た事だ。一番気が重いのは、ここの障がい者支援部門だ。潰すのは簡単だ。自分達の職場維持をどうするのか、それを考えて欲しい。」
 お局様筆頭サービス提供責任者が言う
 「私だって、介護の営業をしたり研修の営業をしたり遣るだけの事はしている。支援だけでなんだかんだと言われるのは納得できない。」
 感覚がずれているので、返事をしなかった。
 だから、どうだと言うのだ。その中心となる部署で人件費も賄えない状態で、それをどうするか考えない者は、将来も無い。
 産休・育児休業を受けている社員が戻って来るのだが、その部署を巡っても話し合った。元は、自立支援費部門にいた。しかし、休暇中に大幅に売り上げを下げた。加えて、
「4月にリタイアする。」
と言っていたお局様筆頭サービス提供責任者が、分かっていたが辞めずにそのままだとすると、彼女の人件費を賄うだけの収益は見込めない。だから、NPO法人に移籍することを検討している。その旨を伝えた。
しかし、事務員が少ないことに懸念して、産休空けの自立支援への復帰を要望する。
 「彼女の人件費は、社会保険を含めて月最低25万円は掛かる。その経費を賄えるだけの仕事はあるのですか。つまり、今の状態では新規は見込めないなら登録ヘルパーの仕事を削って、入れる事が出来るのかという事だ。」
 そう言ったが、
 「それは無理です。出来ません。お世話になっているヘルパーさんの仕事を削る事は出来ません。」
 そう返答した。
 「それじゃ無理だ。その時が訪れたら戻す事も出来る。しかし、4月から、給与は支払って仕事して貰う事を出来ないのなら、無理だ。NPO法人で指定を取得して貰って、運営するなら仕事はあるのだから大丈夫。」
 無言だった。
 お局様筆頭サービス提供責任者の件に特化された話になった。
 「交通事故で、仕事が出来ない状態の日を休暇で処理させてくれませんか。腕を吊っていたのでは、仕事になりませんから。保険で補てんできるので、それでお願いします。」
 了承したが、支払い給与の時点では僅かしか払えず、保険の補てんは遅く成るので、金があると言いながらどのような我儘を言い出すか。
休んでくれた方がいいのだが、出て来るのだ。
 また、研修の講師の講師料の支払いも変更した。これまで、勤務時間中の講師時間でも、時給4000円が発生して月20万円前後の講師料を支払っていた。それを、勤務時間中に限って支払わない事にした。つまり、土曜、日曜日の分だけが発生することとしたのだ。
 その点も、
 「幾らでも協力するから、日程に入れて。」
 と、研修担当者に言っていたらしいが、
 「その点は了解したので、極力外すようにお願いしました。」
 と、返事をしていた。
 やっと、終わりに近づいて来て、席を立つだけと思っていたが、中々立たない。
 同じフロアに住んでいる、施設の介護職員から、電話があったのは夜7時だった。目の前に、彼女をよく知っているメンバーが座っているので、殊更平静を装って、来ると言ったのを8時にして貰った。
しかし、帰らない。何がという訳ではないのだが、帰らずやっと8時数分前に席を立った。隣の席で仕事をしていた、NPO法人常勤理事の智子さんが
 「本当に長かったですね。驚きました。中々帰らないから。」
 そう言って、驚いた。
 8時に連絡をくれると言っていた彼女が、NPO法人常勤理事の7歳年下の親友なので、
 「もし、彼女が食事に行くと言ったら一緒に行こう。」
 そう言った。
 しかし、8時半、40分まで待ったが電話は来なかった。部屋に戻って、食事をしていると、9時過ぎに電話があった、電車の中だと言うが、切れてしまって話が出来ない。
2度電話があったが、出られなかった。留守番電話に録音が入っていた。

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