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トップハート物語(3684)立志伝敢闘編
17/08/21
2011年(平成23年)2月中旬。
 そんな話から、どうして埼玉からここに来ているのかなどを聞かれて、経緯を簡単に話した。
 「この大阪は、悪いのが多過ぎる。騙したり、誤魔化したり。私は、そんな生き方をしなかったので、信頼を得て業務が拡大したのかも知れない。」
 などと話を進めると、段々と彼女も真剣に成って来たのか
 「私は、Zと言います。面接の時には宜しくお願いします。やはり、介護の資格を取ってからにしたら良いですか。」
 「資格取得の講座もしているから、ホームページを見て下さい。」
 「分かりました、早速見ます。」
 などと、手を休めて話にのめり込む。
 本当に、考えているのだろうか。確かに、銀行の窓口は使い捨てだ。若い時は良いが、年齢が高くなるとお払い箱だ。多くの先輩を見て居るのかも知れない。クリスマス会や婚活パーティーの話しをして、
 「人それぞれ、経歴が違って持っているものも違います。経験や資格も沢山あるのに、介護というひとくくりで、それに放り込まれる。確かに介護は、厳しい仕事かも知れない。しかし、持っているものを使って仕事をするなら楽しいし、進んでするかも知れない。介護という最低限の処で共通でも、他の能力を生かすものも考えて運営している。楽しく仕事をして行くのが当社のモットーだ。」
 などと、調子よく話し始めた。
 感心して、
 「面接の時には、宜しくお願いします。近いうちに行くかも知れませんので。」
 そう言って、期待を持たせた。
 暗証番号の部分になり、事前に書いた書類には私の生年月日が並んでいる。幾度か、替えた時があったが、替えた番号を忘れてしまっていた。それで、何かというと生年月日を使っている。
その話をしたが、
 「自動的に機械が弾いてしまうんです。」
 「どうしようかな。」
 と、迷っていると
 「例えば、生年月日を逆に並べて・・」
 「それで行きましょう。」
 と言って、それに決めた。
 シャッターの下りる音が聞こえて、振り込みは諦めた。会社の規模や営業所などの話しをして、社員の若い力やこれからの企業展望などを言った。やっと出来あがった書類の暗証番号ミスが分かって、全部書き直しに成った。
暗証番号だけは訂正印ではどうにもならないという。
 この銀行に入って1時間15分を経過したところで、やっと終わった。最後に、
 「私は、H端N子と申します。面接の時には宜しくお願いします。」
 と言って、名刺をくれた。
 「ここに書いてある住所は、個人じゃなくて銀行の住所ですよね。」
 そう冗談を言ったが、真剣に
 「個人の住所は書いて駄目な事になっているんです。」
 そう言って、残念な顔になっていたように見えた。
 隣の百貨店でチョコレートを買いながら待っている、NPO法人常勤理事の智子さん許に行って喫茶店に行ってその話をした。
 最上階に行って、全国駅弁大会に顔を出した。人だかりは多いが買物をしている人は少ない。不景気の波がまだ過ぎ去って居ない。沖縄のジェラードを食べた。後は回って、戻った。
 昼間に、認知症を妻に持つ夫のサービスに入っている訪問看護ステーションにファックスを送った。要点はこうである。
 『訪問看護の必要性をプランに記載する必要があるので、主治医の指示書の写しか要点をまとめたメモを頂きたい。提供票を作るので、提供する曜日と時間、念のために点数を貰いたい。また、先の厚生労働省の発表にもあるように、介護保険限度額を超えるプランに対してその内容を説明するように指示を受ける場合があるので、このケースはその対象です。加えて、後日家族の指弾を受けないよう、遺漏の無いように配意願いたい。』
 そんな内容のファックスを送信した。
 何しろ、リハビリテーション病院を退院する時には、訪問看護の必要性は無かった。勝手に、私の知らぬ間に主治医と組んで入って来た。そして、強引に計画を押しこもうとしている。電話がうるさいから、それを受けるために夜間緊急加算を付けるという。それを、道理で撃破する積りだ。
 かなり厳しく言ったので、夫の電話は夜間無かった。

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