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トップハート物語(3678)立志伝敢闘編
17/08/17
2011年(平成23年)2月初旬。
「年齢ではありません。あの方は、事務処理に精通していて、今でも若い人より重要視されて重宝されています。そのような、会社に貢献できる方を求めているんです。何をして貰うかではなく、何が出来るかなんです。」
 「教えてもらえれば、早いんですが。」
 「ですから、貴方に掛かって教える人はいません。みんな忙しい中、少ない人員で自分の仕事をこなしているのですから。どこか、これまでに応募されましたか。」
 「いや、していません。」
 「職業訓練を卒業したのが去年の10月で、3か月は経過していますが、どこも応募していないのですか。」
 「済みません、特別養護老人ホームに就職したんですが、シフトが合わなくて。あとは、返事待ちのグループホームがあります。」
 「その方が良いと思います。出来ない事を無理してしても、半年で契約打ち切りされても困るでしょう。」
 そんな事を言って、終わった。
 昼からは、認知症を妻に持つ夫のカンファレンス。お願いした主治医と、お願いしていない訪問看護管理者。その訪問看護の管理者は、事前に電話を掛けて来た。
 「先生とも話をしたんですが、夜間定期的に入らないと駄目だと。」
 「良い案かも知れないですが、残念ながら点数が無いです。」
 「点数はさておき、何度か訪問は必要でしょう。」
 などと、全く利用者負担など考えずに自分達が強引に入って、介護保険を搾取しようとしている。
 主治医が勝手に訪問看護を入れると決めていて、私は知らずにその打ち合わせ場所に行ったのだ。事実が計画の様にされて、呆れ果ててしまった。とにかく、認めたふりをして何とか排除しないと、と考えている。
医療は一体どうなっているのだ。認知症を妻に持つ夫が普通の利用者だったら、何の問題も無い。それが、地域で拒否される患者なので、もうどこも受けてくれない。希少価値の主治医なので、受け入れるものは受け入れないと行けない。
 今日の主題は、認知症を妻に持つ夫の途切れない電話攻勢に、医者が値を上げている。
 「診療中に10分置きに連絡が来る。一段落したら行きますと言っても、直ぐに来てくれと電話が掛かって来る。何とかしてくれないと、困る。」
 と、言うものだった。
 勿論、私にも深夜の4時頃から立て続けに掛かって来る。結論的には、ヘルパーや訪問看護が四六時中入るので、普段は電源を切って置いて訪問した時に用件を聞く。そして、家族にはその了解を得る文書に署名をして貰う。
訪問看護の数多い訪問を阻止する戦略に出た。まず、点数がかなり超えている事。金銭面に対して、息子に負担して貰おうと何度も電話している事。
「その息子は、かなりこわもての人物で。」
と、ある事件を話しをした。
鉄火面の様な顔をした、高年齢の訪問看護の管理者は、その厚い化粧が落ちる程驚いたと思う。厚顔無恥で、何でも強引に進める奴らしい。
 今回は、私の方策が功を奏して、増やすどころか週1回に減らした。それでも、夜間の緊急加算は取るとの事なので、これもまた時間を掛けて少しずつ削るようにしたい。
 それが終わり、決まったことを告げに認知症を妻に持つ夫の許に行った。電話の件を告げる。この時に、失敗した。とにかく、眠っているような感じでもいつもしっかり聞いている。
以前、病院に行って眠っている時に、訪問して、頼んだラジヲが無いと話しをした途端、眠っているのに返事をして瞼を開けた。
 それと同じように、転倒した時の連絡が問題などと話をしていたが、その時には、
 「もう掛けませんから」
 と、言っていた。
 そして、この夜から始まった電話攻勢。その内容は、ベットから落ちたと、夜連絡があり、翌朝4時から6時までの間に数回連絡があり、受けた者が走って行きベットに持ち挙げた。その利用者なら遣りそうな事だった。
 夜、NPO法人常勤理事の智子さんの活動の一環として、今度は話し方教室に行かせようと思って連れて行った。彼女は、普段はそれほどでもないのだが、それほどと思えない会合や人と会うと成ると、お腹が痛くなり変調をきたす。その為に、話す言葉は最小限となり、男性と話しをすると冷たい印象を与える話し方に成る。
 それを解消するのと、その教室に入れば同じような症状の誰か彼女と合う人がいないかなと希望もあった。その為に、教室はオフィス街の中にある処を選んだ。
夜7時半から9時まで体験教室だった。戻って来た彼女は、
「がっかりだった。」
という。
つまり、プレゼンテーションなどを行うのに必要な話し方をスパルタ式に教えていたのだ。また、振り出しに戻って考えよう。

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