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トップハート物語(3674)立志伝敢闘編
17/08/15
2011年(平成23年)2月初旬。
今、東京から戻って来た。何となく落ち着かない、埼玉の大宮自宅への帰省だった。
 出発前から、というより、先週帰る積りだった。毎月、最終土曜日に帰省するのが習わしだった。それが、認知症を妻に持つ夫の行状が心配で、1週間置いてしまった。出発前の午前中も、その間に代表者印が欲しいと何人かが事務所に来た。
 一番最初に来たのは、昨年、市役所から当社にトラバーユしたまだ20代の女性だ。何度も、当社の社員にアプローチして、私の面談となった。即決した。給与は市役所時代の2割増し。その期待に十分応えて、配属した本社の実績がウナギ登り。
 2割どころか多額の実績を、この10カ月間にあげて来た。その彼女が、メールで昨日
 『明日、代表者印が欲しいのですが、午前中おられますか。』
 と、言って来たので
 『上げられません。大事な物です。」
 と、返すと
 『済みません、代表者印を押印して下さい。』
 と、真面目に戻って来たので、恐縮してしまった。
 その彼女が来て、必要なものに印を押した。
 その後、
 「多くの利用者が増えたので、人員を増やして貰いたいが、座る席が無い。自立支援と介護保険を分離する積りなら誰とだれをどちらに配分していいのか分からない。それがクリアできれば、分けた方が効率はいい。将来的にはその方向で行かないと、と思っています。」
 「俺はもうそんなに関わる余裕がない。自分達で考えて遣って欲しい。だから、俺が前に、自立支援のガイド部門だけを別にチームを作って事務所を構える案を出した筈だ。それを拒否した。今頃そんな事言っても。」
 「それでも、管理者以外のサービス提供責任者は事務関係が全く駄目で、使いものに成らない。今度入って頑張っている70歳社員が戦力になっている。」
 「戦力だが、自信を失いかけている。高齢だからとかの感覚は当社には無い。社員は社員として成果を上げないと行けないので、あらゆる仕事が求められる。疲労が出て来たようだ。」
 「今度、この大日の支援と介護の部屋が分かれると聞いたんですが。」
 「支援を移動させようとしている。俺の部屋の隣を借りた。」
 これで、この大日の事務所は6か所に成る。本社などを合わせると8か所に成る。これから、もっと忙しくなり人員を増やして行くので、事務所は段々と手狭になる。
 その情報が、既に流れていて支援管理者にメールで改めて打ち合わせをしたいと送った。育児休業の社員が4月に戻って来る。その、彼女が戻って来るし、新たに2名のサービス提供責任者を選任すると15名のサービス提供責任者がこの大日事務所に配置されることになる。
ギュウギュウ詰めに成って、大変な状態となっている。本当は、NPO法人を持って行く為に借りた事務所だったのだが、あれほど管理者として諒解して置きながら、急にいやだと言い出したお局様筆頭サービス提供責任者の起こした我儘の、副産物だ。
 そんな事や、相変わらず認知症の妻を持つ夫からの電話に悩まされ、介護管理者からのメールにも呆れ果ててしまう。
 『認知症の妻よりも、夫の問題が何もかもぶち壊しです。もう対応が限界に来ています。ヘルパーが入っていて、妻に食事をさせて薬を飲ませているのに、その横で電話して来る。薬も飲ませていないし食事をさせていない、と。それを、看護師などに言うものだから、どうなってんだとクレームが入っています。遣り切れません。もう限界です。』
 そして、夫が騒ぐので、デイサービスを変更する会議が、私が不在なので急きょ新人ケアマネジャー宏美さんを中心に開催している。
そんな色んな思いを抱きながら、東京駅に着く。
 東京駅では、久しぶりに保険会社の友人と会う。目立つところが無いので、新幹線の改札口というだけで待ち合わせして、すんなり会う事が出来ずに苦労した。携帯電話で連絡を取り合ったが、目立った目印が無い。
やっと会えて、構内のすし屋で食事をしながら話しをした。丁度、出る時に事故報告があり、障害者宅のテレビを壊してしまったとの損害賠償に発展しそうな案件を相談した。そのようなものに凝っている障害者で、高価なものだった。
2008年購入時の価格が50万円。現在は製造しておらずに、同じような機能の製品だったら258000円だという。
 モップで拭いただけで壊れたとのヘルパーの報告だったが、それだけでは壊れる事は無いだろう。何かある。それを明らかにしないと、保険は下りないだろう。それでも、下ろすのが、私と保険会社の友人の交流だ。
 夜8時過ぎに、歩いて自宅に戻った。心が休まらないまま眠ってしまった。

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