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トップハート物語(3660)立志伝敢闘編
17/08/08
2011年(平成23年)1月下旬。
 朝一番に、事務所を出て31日に迫った認知症を妻に持つ夫の退院の最終打ち合わせにリハビリテ―ション病院に向かった。10時に約束をしていた、証券会社の営業ウーマンとは長期休暇に入っていて連絡が取れずに、早朝出勤して来た彼女から連絡があり、2月に延期した。
 運転する新人ケアマネジャー宏美さんにも方々から連絡相談があり、車に乗ったは良いが、出発できない。山の中にある急こう配の道路の運転は、当社で一番と言われている彼女しか出来無い。
30分も予定を遅れてしまったが、順調に到着して約束の10時に着いた。31日に退院手続きの打ち合わせをしてから、利用者の病室に向かった。目をつぶって寝ていた。声を掛けても、起きない。このまま帰ろうとして、新人ケアマネジャー宏美さんが
 「結局ラジオを頼んで、電気屋が持って来たのかな。ここに置いてないし。」
 そう言った途端、利用者が
 「コードが無くて使えなかった。」
 と、返事した。
思わず、新人ケアマネジャー宏美さんが苦笑して
 「結局、聞いていたんだ。起きていたんだ。」
 そう、私に言った。
 毎日の電話で言うように、息子に連絡してくれの金銭の相談がしたいと言う。
それは、もう何度も返事したので、一度だけいつものように返事して、ソクサクとベットを離れた。
 山を下って、奥さんの入所している高齢者専用賃貸住宅に向かった。デイサービスに奥さんがいると知っていたが、隣の事務所で簡単に挨拶をして帰ろうと思っていた。しかし、見つかってしまった。
31日に、病院から夫を連れて自宅に帰る途中で、立ち寄り奥さんも連れて戻る予定だ。その旨、何度もお話しして納得してもらう努力をした。とにかく、
 「ここは嫌だから、早く迎えに来て欲しい。」
 そう訴える。
 管理者と話をして、夫は介護力が無いので一時帰宅の手続きで様子見をして貰う事にした。1週間、24時間体制のケアをして妻の様子を見て、うまく行かなかったらまた元に戻る予定だ。
うまく自宅で夫婦生活が出来たら、遡って1月31日で退去の手続きを取る。デイサービスに行くと、当社のヘルパーさんだったケアマネジャーが、職員と同じように利用者とゲームをしていた。思わず、
 「ここで何しているの?」
 と、聞いた。続けて、
「お前、ケアマネジャーだろう。」
と言いたかったが、事情を飲み込んで言わなかった。
 施設を出て、事務所を2か所巡って、登録ケアマネジャー自宅に向かった。その前に、昼食をした。以前、私がまだ常勤ケアマネジャーをしていた時に、四六時中来てお世話になった定食屋さん。
昼間は魚類を中心としているが、夜はお酒と焼き鳥。そのお魚が新鮮で、かなり安い。沢山の最上級のマグロの中落ちが盛りつけてある丼とサバの塩焼きを食べた。相変わらず、美味しい。
同行の新人ケアマネジャー宏美さんも感激していた。その店に入る時に、反対側の戸を開けようとして、開かなかったが、
 「もうお忘れになりましたか。」
 そう言って、暫くぶりに来たのに覚えてくれていた店員から冷やかされた。
 「仕事が彼女に替わったもので。」
 と、返事をして彼女を紹介した。
 その店近くの登録ケアマネジャーは、当社の研修の講師でもある。一旦、独立ケアマネジャーを引退したが、当社の枠がオーバーしたので登録をお願いしたのだ。勿論、快く諒解してくれた。
その話はそっちのけで、知り合った頃の話を、長々と続けていた。時間が無いので、と断って家を出た。
 戻りながら、認知症を持つ夫のサービスの肉付けを開始した。まず、デイサービスを訪問して2月1日から開始をお願いした。その間、お願いしていた訪問看護との連絡から、怪しい様相となって来た。
 いやその前から、何となく予兆はあったのだが。
 主治医をお願いした、これまで掛かっていた医師が断って来た。それで、利用者近くの医院にお願いした。ところが、往診や通常の診察は断られて、夜間などの
「緊急時の対応だけする。」
と言う。
それを受け入れて、直ぐの情報交換などを断られて、31日に時間を空けて貰った。ここ辺りで、医師に嫌われるとこうなるんだと、利用者の日ごろの態度を自覚させないと、と強く思った。


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