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トップハート物語(3658)立志伝敢闘編
17/08/07
2011年(平成23年)1月下旬。
最近は、早朝から社員などが事務所に来るので、始業時間前の儀式である1日50通程度来ているメールの確認、掲示板、ホームページブログ、などの業務が押せ押せとなっている。
 早朝から、新人ケアマネジャー宏美さんが、認知症を持つ夫の件で来て打ち合わせ。丁度、モニタリングで忙しいので空く時間といったら早朝しか無い。それが終わると、支援サービス提供責任者が新規契約書を取りに来た。
大体、昼間は出ているので、契約書に押印する作業が直ぐに出来なくて、事務所ポストに入っている。いつまで欲しいとメールがあり、それに合わせる。介護も支援も新規が続くので恐ろしいくらいだ。
 その後、まだ9時前に、施設介護職員が突然来た。昨日、メールで来たかったとくれた、私の半分の年齢の職員だ。事務所と同じマンションを紹介して、保証金をなしにした。度々交流があるが、最近全く会う事が無かったが、先日、久しぶりに会った。
チョコレートをくれたので、昨日届いたブリの刺身を献上した。
 チョコレートを貰った時に、
 「お邪魔したいのですが、いつ電話したらいいんですか。」
 「いつでも、Tさんならいつでも空けるから、連絡して。」
 そう言ったのだが、その私がその時には、スーパー銭湯に行っていた。
 その彼女が、早朝から事務所に来た。手にお土産を持って、昨日、出掛けた先で購入したものだったという。昨日届けに来て、一緒にお茶でも飲みたかったのだ。残念無念なので、メールを送った。
 「今度来る時は、1日前に必ず連絡して下さい。」
 と。
 その後も、訪問が続いた。そして、私は、認知症を妻に持つ夫の退院後のケアプランを作っていたのだ。訪問介護は、勿論直ぐに決まったのだが、その後が行けない。往診を以前からお願いしていた医院からは、断られた。
仕方が無く、直ぐ近所の医院に頼むと、やはり最初は断られて、やっと緊急対応だけを了解してくれた。利用者のこれまで引き起こした問題がこれほど顕著に表れているのだ。その問題の、認知症を妻に持つ夫から、相変わらず自分勝手な電話が朝から掛かって来ていた。
 「息子に、金銭の相談をしたいので掛けてくれませんか。」
 「それは、家族の事ですから自分で掛けて下さい。」
 「今後の相談をしたいので、息子に車で迎えに来るように連絡して下さい。」
 「それは、自分でして下さい。家族の問題は家族通しでお願いします。」
 そんなやり取りを、毎日しているのだ。
 自分は嫌われているのが分かっているんで、何でも他人にさせようとする。それをすると、今度は私が勝手にしたととぼけるので、もうその手には乗らない。
 息抜きに、銀行と郵便局に行く。今月の支払いは大体終わっているので、入金の打ち込みだけだ。郵便局にも入金に行くだけだ。気が楽だ。
丁度、ブログの当社の物語では、平成14年初夏辺りを掲載しているが、設立したばかりの会社は金欠で家から資金を導入し給与を名目だけ支給して、実際は貰っていなかった当時だ。
現在とは雲泥の差だ。
 突然、先日、顧問の社会保険労務士が来て同じ顧問をしている会社と私は懇意にしていたが、それが疎遠になった理由を述べた。その張本人の、社長から連絡があった。いつもの、
 「またお酒でもお付き合いください。お付き合いを継続して下さい。」
 と、言うものだったが、毎年2回ほど同じよう言って来る電話がある。
 それまでは、私は会う時には誰かを連れて行く。その同行したほとんどの人間に、個人的に連絡を取って自分の会社に引き入れようとする。その罠に引っ掛かった人間が、社員2名と登録さん4名くらいいる。
その全員が、直ぐに辞めるか移籍出来なかった。その後、私一人で会う事にしたのだが、それが3,4回ほど続き、その後は話だけで実際に会う事は無い。
 介護管理者から、電話が来た。
 「1週間続く夜勤の業務に、以前働いていたOさんを入れてもいいですか。」
 「いいよ。」
 と、即座に返事した。
 何度か、彼女に1事業所の運営を託したかったのだ。しかし、あくが強く、内部をかき回す言動が多かったので、辞職に追い込む形になった。その後、8年程度経過しているだろうか。介護を長年していた両親が無くなり、鬱に近い精神に成っていたという。
それが、回復して再度この世界に戻って来るなら、歓迎だ。今年度、もう2か所くらいの事業所を開設しようと思う。その運営の責任者として、彼女は最適だ。収支に長けているのだ。


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