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トップハート物語(3647)立志伝敢闘編
17/08/01
2011年(平成23年)1月下旬。
当然、全てクリアできるので受け入れた。そして、再び金銭の問題になった。
 「それほど、厳しいのですか。」
 「はい、あとひと月このままであったら、破たんします。」
 「それだったら、あとひと月大丈夫だ。リハビリの効果が徐々に出て来ているので、もう一月延ばそう。」
 そこで、初めて黙って聞いていた理学療法士が言葉を発した。
 「一月延ばしたからといって、効果が出るとは限りません。実は、意欲が低下して全く何もしない日が、続いています。やる気がありませんし、帰りたいという言葉を常に発していて、このまま長く入院させたら意欲低下で帰って駄目になる可能性もあります。それだったら、本人の希望を受け入れて、帰宅させて意欲を出させて在宅でリハビリを受けた方が効果が現れる可能性の方が高いです。延ばしたからと言って、効果が期待できる可能性は少ないと思います。」
 そう言ったので、結論が出た。
 その後、その理学療法士は
 「患者さんの言葉に、いつも「ケアマネジャーの佐藤さんのお陰で、ここまで生きて来れた。』と、感謝の言葉が四六時中あります。」
 そう言って、私の対応を褒め称えてくれた。
これまで、出過ぎだとか、ケアマネジャーの職務から逸脱しているとか、非難が多かったのだが、少しだけ気が晴れた。
 今月一杯の退院を確認して、利用者のベットに戻った。取り留めも無い話に終始したが、戻ろうと思ってもまた何か問い掛けて帰れないようにしている。余りに露骨なので、新人ケアマネジャー宏美さんに対応を替わって貰った。
しかし、その時にまた新たな借金を聞いた。
 「実は、地デジ対応のアンテナを買ったのですが、その支払いをしていない。」
 「幾らですか。」
 「16万円です。」
 「そんなにするのですか。」
 次々と露わになる借金に、声も出ない。それよりも、早く退院出来る事になった、ホッとした感が体中を占めていた。
 山を下りて、途中にあるトンカツの「かつ喜」で昼食を摂って、認知症の奥さんが入っている高齢者専用賃貸住宅へ。
管理者は、私がこの世界に入った時に一番お世話になった方だった。それでも、一番大変な入所お願いをして、直ぐに出ないと行けない状態に、本当に申し訳なかった。快く了解して貰った。
 その移動の時間に、新人ケアマネジャー宏美さんと話しをした。今回の、会社のイベントである婚活パーティーは、ついに参加者100名に達した模様なのだ。
その運営する過程で、色んな問題を露わにした。先週12日の段階では担当者によると、10名程度の参加者だった。それは、ワザと少ない人数を言って、自分主体ではなく私やお局様筆頭サービス提供責任者を主体にして逃げようという魂胆が見え隠れしていた。
私やお局様筆頭サービス提供責任者の性格からして、目標を立てたら、必ず成し遂げる。その性格を利用すると、少なめに言って奮起するだろうと。担当者の高学歴社員は何もせずに、クリアするのだ。
 その目論見通りになった。今週初めには、50人を越え打ち合わせした1週間後の19日には70人を超えて、今日の段階では100人になった。私は、12日に、お局様筆頭サービス提供責任者を幹事にして目標達成を願った。
その通りになったが、お局様筆頭サービス提供責任者がその間交通事故に遭遇した。その為に、幹事の業務を全うする事が出来なくなった。彼女の代わりに台等して来たのが大東本社管理者だ。
その分野では一目置かれている彼女がするのは順当だったのだが、仕切り屋のお局様筆頭サービス提供責任者と2頭立てになってしまった。それはそれであるが、それ以外の幹事の問題だ。
 クリスマス会幹事若手10名は、金銭の問題が前面に出て来ていた。イベントとして、行った
「クリスマス会の打ち合わせや練習時間超過勤務手当、当日の準備から終了までの10時間を休日出勤として請求させて下さい。」
との申し入れをして来た。
その通り、の残業や日曜出勤を請求して来て支払った。その行為を何となく納得しなかった私だが、その事は口外はしていなかった。
しかし、その自分たちの目先の利益優先の感覚が理解出来ずに、気持ちよく終わったら10周年記念式典に際する日曜出勤とか報奨金として準備していた1500万円の分配取り止めたのだ。
それはまだ先の事だが、問題は婚活パーティーの幹事スタッフ。
 私は手伝うと申し入れてして来た若手社員に、
「多分、頼まない。」
と断った。
それが、何故か、いつの間にか若手社員が全員スタッフに入っているのだ。
 お局様筆頭サービス提供責任者は、手伝うと申し入れのあった若手社員に対して
 「あんた達を使うと時間給が発生するので、今回はいいわ。」
 と言っていた。
 つまり、管理者だけで運営する事になったのだ。ところが、どうした訳か全員参加していたのだ。その経緯を知りたかった。
それを聞くと、
「誰ともなく遣ろうとなった。」
と言っていたのだが、
 「自分達に声が掛からなかったのは、手当を要求したからかな。」
 と、若手が言っていたという。
 そうなんだよ。大阪の人間は金が先に立つが、大阪人と違い私どものは心情が先にあり、その思いは、後から形に大きく現れるのを知っている。
 哀れな人種だ。

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