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トップハート物語(3632)立志伝敢闘編
17/07/23
2011年(平成23年)1月中旬。
山を下りて、街に出た。30分も走行すると中心街に出る。本社がある大東市で、昼食の為に木曽路で待ち合わせをした。69歳の新入社員が、大手電器メーカー松下の出身で昨年まで子会社の役員を最後に退職した。
その方を、入社させたのは目論見が勿論あった。OB会で活躍されている方だということと、その顔の広さだ。年齢的にも、正社員としては半端ではない高齢者だ。
 その目論見に迎合するように、彼から提案がありその第一歩がこれから踏み出される。その前に、食事をする事にした。新人ケアマネジャー宏美さんと彼と3人で木曽路で昼食を頂いた。1時間半ほど話し込んで、いよいよ出発だ。
 大手電器メーカー松下OB会事務局に向かった。会長は緊急の所用で出てしまい、事務局長との懇談だったが、目的の大半はクリアした。
 それは、OB会報誌に当社の広告を入れる事が出来るという道筋を示された。多くの人が、介護に悩んでいてどうしていいか分からないのだ。既に、彼のもとには、二人の介護相談が寄せられているという。
当社に入って数日しかたっていないのに、そのような事があるのだ。当社の営業地域を絞って会員直接相談などの受け付けをする事が出来そうだ。
 人材派遣事業も勿論持っている会社だが、そのシステムは古くて少し介入する余地がありそうだ。つまり、毎月何百人と生まれる退職者の仕事を作り出して再雇用しているだけで、誠に無駄が多い。
当然そこにメスが入れられようとしていると聞いた。そこで、退職者を再教育して派遣に堪えられる人材となるように教育する。
 そのOB会館を後にして、隣接した広大な敷地にある松下電器本社に入る。その一角にある、彼が過ごした部署に入る。人事担当の役職者に面会する。一通り説明して、外に出る。ついでに、婚活パーティーへのご案内もした。
4時半まで2時間半に亘った動きは、その後も続く。彼と別れて2時間、夜になって彼から電話だ。私が提案した人材教育について、
 「人材派遣会社の前社長と懇意にしていたので、佐藤さんのプランの説明をした。大いに興味を示して、一度企画部長と会ってくれと言われました。もしかしたら、ビジネスモデルになるかも知れないと言っていました。」
 そう言われて、大いに喜んだのは勿論だ。
 今年の一連の大手との接触の私の動きは、当社のこれから道筋を占う布石になる。一昨日、面談した大手自動車メーカーとのコラボレーションで高齢者専用賃貸住宅を全国展開しているコンサルタントのブログに、当社との接触の一文が掲載されていると、その世界的自動車メーカーの担当者から電話を貰った。
丁度、大手電器メーカーとの打ち合わせ中で、出られなかったが留守番電話にその事が入っていて、
 「そのページをメールで送るので、一読されたい。メールアドレスは、以前頂いたアドレスでいいのか。」
 そう入っていた。
 メールアドレスが変更になっているので、その旨連絡した。
 「非常に、期待されているようです。これから、多くく関わって行くと思われますので、私もお手伝いさせて頂きます。」
 などと、言われた。
 しかし、教えたアドレスが少し間違っていて、再度連絡を貰ったが、生憎、再び懇談中で出られなかった。再度掛け直して正式なアドレスを連絡して、そのコンサルタントが私との懇談の様子や印象を記載したホームページを送って貰った。
 それを直ぐにも読みたかったが、それからまだ約束があり、急いで戻った。5時に、利用者宅で介護保険者症を頂く事に成っていた。要介護でも1程度だろうと高をくくっていたが、4だと聞き驚いた。実は、ベットや車いすが暫定でレンタルを始めていたのだ。病院の退院直前に相談を受けて、困っている人を見ると見境のない私が、まだ下りても居ない認定調査結果を思いながらも、昨年12月からレンタルを始めたのだ。当社内に、レンタルがあるから出来る事で、もしなかったら自費で始めないと行けない事に成っていた。その要介護度を聞き、安心した。  戻って来て、暫く仕事をして、やっと連絡のあったホームページを開いた。毎日全国を駆け巡って、色んな情報を発信しながら書いてくれた。日経ビジネスにも毎月執筆をしている。仕事は楽しいと思える時がまた訪れて来た。

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