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トップハート物語(3620)立志伝敢闘編
17/07/17
2011年(平成23年)1月上旬。
やっと新年を迎えて、毎年参拝している京都府八幡市の石清水八幡神社に詣でた。昨年は、大病が癒せず参拝を断念した。2年振りである。
 早朝7時に、元社員と事務所で待ち合わせした。昨年、彼の担当した自立支援の請求に不審な点があると市役所から指摘を受けた。
その内容を確認しようと、退職したばかりの元社員に連絡したが電話に出ないという事で、事実確認を利用者及び担当したヘルパーさんに確認。
内容の、時間の水増しに対して、調査した結果が、利用者及びヘルパーさんの異口同音に、その男性元担当者が、交通費を請求しない代わりに時間を水増しするという事実が判明した。
 新人担当者と大東本社管理者が慌てて飛んで来て、善後策を協議。当然、事実を市役所に報告して不正が始まった2年間の返金を申し出るように指示した。その対応についての沙汰は、
「発覚し報告した当月の修正だけで遡っては不要。」
という事だった。
しかし、そのやった行為とそのままにして置く訳に行かないので、彼に事実を文書にして報告をさせようとした。時間が無く、まだその行為をしていなかったが、彼から新年の挨拶に来たいとの連絡があった。その際、その事を話した。
 彼は、
 「事実は違う。交通費の負担を辞退して時間を水増しするなんて事は持ち掛けていない。支援センターSのYさんから依頼があって、片道1時間半の移動介護では、交通費と帰りの時間がヘルパーさんの負担になる。それは受けられない、というと、帰りの時間も時間に算定していいとの諒解を頂きました。それに、交通費も、利用者家族からヘルパーさんに直接渡っていると思います。貰わないなんて無いと思います。」
 そうなると、全く違った事になっていた筈なのだ。
 どうして電話に出なかったと恨みを言っても仕方がない。ある程度、終わった事を戻す積りも無いが、再度
「それをメモ程度にまとめて持って来るように。」
言った。
その約束の日時が、この日の朝7時なのだ。
 それを、私にとってはあり得ない事が起こった。昨日、疲れていたのだがこんなにダメージを受けているとは思わなかった。気付いたのが7時26分だったのだ。慌てて彼に電話して、ポストに入れて貰うことしにした。
その彼が新たに仕事場としているデイサービスは、不快な印象を持っている会社だ。彼が研修担当をしていた時に、1級ヘルパーを受講に来た女性が、現在彼が働いている処の施設長だ。その女性が、彼の研修運営内容と批判していて彼をクラスで最終日に呼び出していた。その時に、彼が危機を感じたのか、何も知らずにいた私に対して、急に最終日の担当を依頼して来たのだ。
 その場に行った私に対して、それまでの研修運営に対して非難をみんなからされて、受講料返金を迫って来たのだ。その中心となり急先鋒で、2時間も吊るし上げを先導したのがその女性だったのだ。
難を免れた彼と彼の不備を追求した彼女がどうして一緒に居るのか、それが不審だった。その点も彼に言った。
「研修を通じて知り合いました。」
という。
とんだ茶番劇だった。
 認知症の妻が入所している施設に行った。高齢者専用賃貸住宅だ。外部から介護保険サービスが入っているので、その内容を確認するために訪問した。ただ、懸念材料があった。私が帰れるかという事だ。
何しろ、手を握っていないと不安を訴える。片時も人が居ないと不安を訴えるのだ。その姿を見ていると振り切って戻れるかという不安があった。ただ、プランを作らないと行けないので、実態を把握するために訪問した。
 食事介助を要するとの内容なので、かなり改善されたのかどこまで改善されたのか、介助が必要なのかなどを確認しに行った。私の顔と名前を覚えていて、安心した。食事はやはり、一人では無理だった。
室内に戻って、話をしていると気配で、帰るのを察知するのか
 「佐藤さん、私寂しいの。どうしたらいい。」
 などと言いだして、暫くすると泣き出した。
 なだめて、なだめて、それでも涙が流れる。
 拭っても、拭っても、泣き続ける。不安なのだ。
 それでも、時間は無情にも過ぎて行く。1時間半過ぎてから、訪問介護のサービス提供責任者が決断をして、その場を離れるようにいつも言う言葉を言いながら、部屋を出た。
まだ、NPO法人常勤理事の智子さんが残っている。優しさが溢れているので、離れられない。
サービス提供責任者が
 「いつもだったら、戸を閉めると駆け出して来て追い掛けて来ます。今日は落ち着いている。食事も、何もしなかったら、口一杯ほうばって吐いて、散らかして。」
 そう言いながら、戻って来ないNPO法人常勤理事の智子さん

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