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トップハート物語(3609)立志伝敢闘編
17/07/12
2011年(平成23年)1月1日。
 前夜、子供たちと私ども夫婦が大宮の自宅に5人揃った。私は以前から、喧騒や酒の席は好きではないので、一定の時間になった時に2階の部屋に上がった。テレビを見ながら、パソコンを使っていた。
 私がこうして、自分の好きなように贅沢に動いている時にも、会社は回っている。それは、何度も問い合わせが社員からあるように、動いているのだ。間断なく動いている事を思えば、子供たちの
 「いつ戻ってくるの」
 とか、
 「どうするのこれから、いつ辞めて戻ってくるのか。」
 などは、禁句なのだ。
 身勝手に、そう言うが、私の後ろに多くの家族が関わっているのだ。
 一旦、私だけのけじめをつける10周年記念。
 「一旦、〆を来年する。そのあとは、新たな出発だ。」
 「後継ぎは居るの。」
 「いる訳がないだろう。」
 「会社などに居ないの?」
 「居ない、大変だ。結果的には、会社は売却することになるだろう。」
 その延長で、
 「仙台は、やっぱり住むには一番いい。仙台三越の初売りに、住宅が3131万円、家具付きがある。買おうかな。法人で。」
 そんな事をいつも言うと、家族が反対する。
 「俺が言っているのは、仕事を辞めて時間を過ごすのに、仙台が一番いいと思っている。」
 そんな話をしても、酒をしこたま飲んでいる家族には通じない。
 話が、続かないのだ。
 色々考えている間に、眠ってしまった。
 朝は、いつもより遅く目覚めて、ゆっくりと過ごす。
 自宅を出て、長男の車で駅に向かう。
 すでに、仙台に向かう前日に指定券は購入しているので余裕だった。東京駅では、少し早く着き過ぎて時間があり過ぎる。地下の食品街に行ったが、余りの人の多さに、少し茫然として、待ち合わせ場所に空いた席を見付けて15分ほど座る。
 ボーっとしていると、頭に朝テレビで見た東京大丸の地下食品街で売られている、駅弁販売額第一位の三重県柿安の「牛めし」弁当を食べたいと無性に思う。そう思うと、まだ30分もあるので大丈夫と、勢い良く改札を目指して出た。
大丸に入ると、入口すぐに柿安のコーナーがあり、人が並んでいた。次々と「牛めし」を注文して弁当の山が無くなる。丁度私のところで無くなった。しかし、すぐに新たなものが出来て来るので温かい物が食べられるし、それもいいだろうと思って駅に引き返した。
 途中、多くの地域が雪に埋もれて、新幹線は徐行運転だった。
 15分遅れで、新大阪駅に到着した。
 途中の雪化粧した関ヶ原の風景を携帯に収めた。
 年賀状を移動の車中で書こうと思って持って行ったが、全く書けなかった。
 今年も書くことは出来ないようだ。全く書けないまま、今年と同じように郵便局で、書き損じで引き換えることになる。
 途中、仙台で送った「大吟醸浦霞」限定品が着いたと、各事業所からそれぞれ報告があった。そのほかに送った、菓子類は来年の4日頃になる。
 風呂に入り、今年一年を振り返ると、概ね問題の少ない年だったと思う。
 新たな年は、どんな事があるのか分からないが、今年のように波風が少なく、思うような時間を過ごせる年になればいいと思っている。
 何しろ、私ども「ウサギ会」の飛躍の年だし。

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