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トップハート物語(3608)立志伝敢闘編
17/07/11
2010年(平成22年)12月下旬。
昨夜は、先輩と仙台駅前の刺身のおいしい店などを回って、ホテルに戻ったのが23時を過ぎていた。冷蔵庫を開けて、水を飲みリポビタンDを飲んでテレビをつけてニュースを見たまま眠ってしまった。
途中で起きたが、無呼吸症候群の酸素を送る機器を装着してまた眠った。起きたのが、7時過ぎだった。その時に、丁度社員からメールが入った。個人的な事などを送って来た。そのあとにも、何度もメールが入った。
ホームページブログの中に私の予定を入れてあるのだが、見て居ないのか普段と同じような業務の内容だった。
 その一つ一つに返信して、パソコンを使おうとホテル備え付けのランケーブルを使うが、全く使えない。もうパソコンが古くなったのか。朝食は、ホテル内で和食を食べることにして、10階のマイルームから2階の和食の店に入った。
個室で、地元の美味しい物と美味しい米で、堪能した。
 戻って、お風呂に入ろうすると先輩から連絡だ。
 「30分くらいで迎えに行くから。」
 「ちょっと待って下さい。40分くらいで。10時半にフロントに下ります。そのあと、お土産を買いに行かないと行けないし、切符は11時55分仙台発の「はやて」ですが、時間を遅らせた方がいいですか。」
 そんな話をして、結局お風呂の入れず急いで準備して、フロントに下りた。
 12時がチェックアウトだったのだが、先輩が、
「折角戻って来たのだから、どこにでも案内してやる。」
というので、甘えることにした。
隣接している、仙台駅に行って乗車時間を11時55分から2時26分に変更して貰った。余裕が出来たので、お土産を買い求めて送って貰うことにした。まず、駅ビル地下に行ってお酒だ。美味しい冷酒を飲みたという社員に「大吟醸浦霞」限定品を、まず4本送る。今度は、階上に上がり「萩の月」を送る。
 それが一通り終わると、仙台の街を見渡せる青葉城に向かった。少し、雪が残る険しい道を車で登る。私が生活していた時代と違って勇壮な街並みに、見とれて何度もシャッターを押したが、段々と、私が住んで居た時代の方が綺麗な整った街だった事が分かった。
今は、高いビルが多くなったが、あちこちに高いビルが出鱈目な配置で立っていた。
 伊達政宗公の銅像の前で、先輩にシャッターを押して貰ったが、前と同じようにうまく撮れない。何度も同じ、政宗公の銅像で写す。何度映しても、あの大事な兜の三日月の先が切れるのだ。何度言っても、何度も同じ。
 「これじゃ、多分帰れない。」
 などと言うが、終わらない。
 観光客が、次々同じ位置に撮りに立つので、順番を待って立つ事、本当に何度だったろう。やっと、撮れて、護国神社に行った。参拝して、お札を貰った。それも、いくつも買った。5000円くらい買った。正宗公の刺繍してあるお守り袋や絵馬や、正宗公のグッズを買い漁った。
そのあと、お守りに婚活を見付けたので、NPO法人常勤理事の智子さんに買った。そのほか、美を守るお守りも買った。誰に上げるか、決めて居ない。
 先輩に、蕎麦を御馳走になった。
 青葉城を後にして、仙台の街並みを回って呉れた。駅に着いて車を下りた。先輩と別れて、仙台駅に。少し早かったので、駅ビル地下に下りた。散歩していると、大好きな福島県白河の「薄皮饅頭」があり、大量に買って事務所に送った。
 喫茶室で「ずんだロール」を食べコーヒーを飲み。新幹線に乗って、大宮を目指した。
 やっと自宅に着き、少し遅れて次男夫婦が来た。久し振りに、家族全員が揃った。それでも、お酒は自宅では飲まないので、皆と一定時間を過ごし、自分の部屋ではなく上の部屋にパソコンを設置して貰って、ゆっくりと向かった。


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