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トップハート物語(3596)立志伝敢闘編
17/07/05
2010年(平成22年)12月下旬。
自立支援の関係では右に出る者が無く、近隣市でも最高の評価を頂いている。その性格は、極めて厳しく、宇宙人をして訳が分からないと言わしめるような言動に終始している。その最たるものが、始まっている。
思い返せば、平成15年に支援費が始まった時に措置制度が無くなり、市で働いてた障害関係者は民間に出た。その時に、当社に飛び込んで来た。私は余り人に頼る事が無いが、来る者は拒まずというスタンスでいつも居た。
常勤として採用するのだが、今でも覚えている。
 「好きなようにさせて下さい。但し、会社に損はさせません。」
 そんな言い回しだった。
 契約前に、給与額を提示させて貰った。
 「そんなに要りません。多過ぎます。5万円を減らして下さい。自分の仕事振りを見て、決めて下さい。」
 そう言ったので、改めて5万円減らした金額を明記して契約書を作り直した。
 それを見た彼女は、
 「こんなに少ないですか。私はこれだけの評価ですか。」
 「自分が減らしてくれと言ったじゃないですか。」 
 「私の評価は、これだけですか。」
 話が全くかみ合わない。
 自分の言った事を、自分で否定する事はこれ以後たびたびだったので、このような性格かと認識した。
常勤契約はしたけれど、好きなようにさせてくれと、出社はしなかった。直行直帰で4年前に出社するようになり、現在は事業所全般の責任者として君臨している。
 最近の口癖は、
 「もう続かないので、引退したい。若い者に任せて下さい。」
 何度もそう言うが、額面通り受ける者はいない。
 大東本社でトラブルがあった昨年、管理者が他の社員から排斥を受けていた。それを見て、管理者を呼んだ。大東本社の他の社員は、この地区の責任者であるお局様筆頭サービス提供責任者や介護管理者などに、本社管理者の非難を訴えた。
お局様筆頭サービス提供責任者と一緒に本社管理者を面談した。彼女は、
 「仕方がないから、退職する事にしたら良い。他の会社を紹介するから。」
 そう言って、評判の良くない会社を、
「顔が利くから。」
と言って実名を挙げた。
本来なら、そんな会社と付き合っている事が恥ずかしいのだが、彼女にとっては顔が利くというアピールが出来ればいいのだろうと思った。
その時に、私は
 「自分の思い通りやれ。バックアップするから。他の社員が辞めても問題ないが、君が辞めたら廃止しか無い。」
 そう言って励ました。
 1年後、彼女はケアマネジャー試験を通り、新たに入れた若い社員とうまく行っており、実績もウナギ登り。それを知ったお局様筆頭サービス提供責任者は、
 「私が我慢して育てた甲斐があった。評価してくれて、有難うございます。」 
 と、言って私に頭を下げた。
勿論、へりくだった言い方だが、自分が育てたという事を言いたかったのだ。本社管理者本人に言ったら、キョトンとするだろう。
 また、現在の支援管理者は私が研修を受けている最中に勧誘した。その能力は最初から抜けていた。トラブルがあり管理者交代となって、お局筆頭サービス提供責任者が推薦した者は使い者に成らず、3か月で自分から去って行った。
私がその後据えた彼女は、その実力を如何なく発揮して現在に至る。それを、
 「私が育てた甲斐があった。もう、彼女に全て譲りたい。」
 そう言うが、何から何まで口出しをしてゴリ押しをする。
 毎月、昔の知り合いだと言って、60代以上、ひどいのは70代のヘルパーさんを連れて来て管理者の意思を無視してシフトに入れる。
若い世代に交代しようとしているのに、老人天国となっている。何度か注意をするのだが、お局筆頭サービス提供責任者の意識には、私の言葉は関係ない。
 売り上げが下がって来て困っているのに、
 「支援費は伸びているから。」
 「何を言っているの、下がり気味でしょう。」
 「処遇改善交付金があるから。」
 「何を馬鹿な事を言っている。交付金以上の支払いをしなければならないのに、売り上げに入れるなんて。」
 そう言って、否定するのだが、彼女の頭では理解が難しいようだ。
 10キロクラスの大型の魚を時々購入するが、その裁きをお局様筆頭サービス提供責任者がする。しかし、他の者も出来るのだが、手を出すと怒鳴り始めて出来ないようにする。


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