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トップハート物語(3581)立志伝敢闘編
17/06/27
2010年(平成22年)12月中旬。
 そこから、打ち解けて、なぜ予定の変更があったのかを、私の身分を明かして話をした。その事に対して、話が発展した。私は、現状の制度では賄えないこの終末に来て大変な思いをしている老人が増えている事を話した。色んな質問を受けながら、
 「本当に大変な世の中になっているんですね、それでもそこまでケアマネジャーさんはしないと行けないんですか。行政に投げる訳に行かないのですか。」
 「行政だって限界があり、誰も何もしなくなります。」
 そう言って、私が、行政が受け入れが整うまで金銭管理をしないとけない状態や、終末期の対応に親族を訪ねて一任を取り付ける事や、住宅探しなどに奔走している様を話しした。
 「私たちは取り次ぐだけで、その実態を知らないから。大変なお仕事ですね。」
 そう言ってねぎらってくれた。
 そのほかは、勿論、生活の改善を求められたし、乾燥を防ぐ努力をしなさいと具体的に話を聞いてくれた。
 「私は、単身赴任で狭い部屋で生活して・・・・」
 「私も長い間、単身だからよく分かります。」
 そう肯定してから話を進める、さすがに若いけれど大手病院の医師は違う。
 息子から、途中で会話を止めたので連絡が入った。
 「前にも話したように、会社でクリスマス会を開催するのだが、音響担当をする事に成り準備する積りだった。しかし、なかなか進まずに、日程が無くなった。時間が圧している中で、準備が整わないので、もしかしたらお願いするかも知れない。金曜日でも土曜日でも来て貰って、ホテルは会場になるホテルで取るし、帰りは新幹線で朝一番で戻れば間に合うと思う。」
 そう説明すると、一応了解をしてくれた。
 精神的に安心した。帰り道に、思いついた奴がいた。当社に出入りしている、コピー会社の社員だ。その者は、パソコン関係の修理や調整を当社専門員としてお願いしているので、何とかなるかも知れないと連絡した。
 「私は、音響関係は全く駄目ですよ。」
 「大丈夫、操作の練習などは充分時間を取っているから。」
 「じゃ、邪魔にならないなら行きます。何時から何時でしょうか。」
 「4時から5時間だけど。食事も準備して置くから。」
 そう言って、半ば強引に任せた。
 順々に色んなものがやっと決まって行く。戻ってから、NPO法人常勤理事の智子さんが提案したクリスマス会が終わってから持って行って貰うお土産や景品などを入れるバックを頼む事にした。
インターネットで、可愛いという彼女の見立てで決まったのは、500円位のバックだ。250個で準備が大丈夫か電話で彼女が聞き、何とか間に合う事になった。今度はそれに着ける、当社のロゴだ。250円する布製のロゴだが、在庫が100しかなく、これもお局様筆頭サービス提供責任者が担当なのでお願いした。何とか間に合うのだが、今度は縫いつけが必要だ。
 「お局様筆頭サービス提供責任者が、2日間休みをくれたら一人で付けるから。」
 そう言っていたと、報告があった。
 「そんな事を言うが、大丈夫。ちゃんとしてくれるから。」
 そう安心させた。
 次は、私が予定している仙台のお菓子だ。ずんだ餅とゴマやくるみ、餡などがあった筈なのだが、ホームページで覗くとない。守口の京阪百貨店に販売に来た「中鉢屋」さんの課長に予約をしていた。
26日にホテルに着くように依頼すると。しかし、いま見るとずんだ餅しかない。メールで問い合わせをした。時間遅くなので、返事はまだ来ない。
 ついでに、妻に連絡をした。余裕資金として500万円程度調達しないと行けないのだが、定期預金に入って居たら万事休すだが、普通預金にでもそのくらいはあるだろうと勝手に思っているが、直ぐに用立てられるか。
 三菱UFJモルガンスタンレー証券の担当者が朝来た。最近は、大塚製薬とカゴメを購入した。会社での資金運用を勧められて、
 「国債などの安全なものを考えている。」
 そう返事をすると、いつ頃を考えているかと言われて、
 「20日に分かるのだが、もしかしたら社員のミスで難しいかもしれない。そうなると、来年の入金になるかも。」
 そう言っていた事が、現実になる。
 妻は着信が分かっているのかどうか、この日は全く返事が来なかった。

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