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トップハート物語(3530)立志伝敢闘編
17/05/31
2010年(平成22年)11月中旬。
私は18歳で、故郷仙台を離れて就職の為に上京した。正確には、神奈川県川崎市高津区なのだが、その就職した会社は数カ月に1度誕生会を催した。私が入社して、最初の会が新人歓迎会と一緒に開催した。
その時に、生のフォークソングを聞いた。生と言っても、社員のギターでの出しものだったのだが。その時に、聞いた森山良子さんの「二つの手の思い出」という曲がいまでも、いやずっと心に残っている。
余談だが、その時に私も舞台に立ってディエット曲を歌ったのだが、その時に一緒に歌ってくれたのが現在の妻なのだ。
 さて、その「ふたつの手の思い出」は、それからその歌詞に合うような時があった。
  『二つの手を握り合い肩寄せて歩いた・・・』
 と、続く訳だが、こんな面相なのでそんなに数は多くないが、その少ない思い出がある事は幸せだ。
 ところが、2番は
  『二つの手はほどかれて・・・並んで歩いた道を一人で歩いてく・・』
 となってしまう。
 そのような思いを感じさせる、今日の歩行だった。
 朝一番に、研修センター管理者が来た。昨夜、突然電話があり
 「あす、9時前に行っても良いですか。お話ししたい事が沢山あります。」
 そう言って来た。
連日、社員からそのような言葉があり、トラウマになって、最近はその言葉を聞くと退職したいという事ではないかと思うようになって来た。今までは、辞めて欲しいと思うような社員が現実的に存在していたので、そう言われても、返って喜んだ事もあった。
しかし、最近はそのような者は自分から言って来ない。
 話ししたい内容を聞こうと思ったが、残念ながら聞けなかった。怖かったのだ。いま、研修センターの彼のように若い有能な社員に辞められたら、この会社は一大事だ。基金訓練を中心とした研修におんぶにだっこの状態だからだ。
先日、途中入社の彼の契約更新を行った。大幅に昇給して、これまで所属していた専門学校時代の年収に揃えた。その時は何も言っていないし。そう思って、朝の面談に臨んだ。
 「何か問題もありますか。」 
 そう開口一番、聞いたが杞憂だった。
 新規事業を行いたいとの事だった。その内容について、説明があり勿論諒解をした。そのほか、現在の職業訓練生の授業態度や就職状況など報告を受けた。合わせて、前日で終わった12月の基金訓練募集状況を聞いた。
最終選考は22日になるとの事だが、
「11日の1次選考会では27名応募中19名の合格者を出し、22日の最終選考会に15名参加するが定員30名の確保はする。」
との事だった。
これで、5期に亘る職業訓練はすべて定員確保が出来た。1月教室が2クラスあるので、これにも集客力を付けて満席にするようにしたい。問題は、事務局の能力だ。
 それが終わってから、いよいよ外出だ。いつも連れて行ってくれるNPO法人常勤理事の智子さんは、健康診断と友人との付き合いで今日は休みだ。
しかし、顧問の会計事務所から、
「10月分の経費や売り上げなどの実績を紙媒体を持って来るように。」
言われていた。
今日の持参は大丈夫と返事したので、歩数確保を兼ねて外に飛び出した。駅で言うと、地下鉄1駅私鉄3駅分を歩くのだ。それを乗り継ぐ煩わしさを、覚えるなら歩いたほうがましという私の感覚なので、電車を使う気持ちは全く浮かんで来ない。私鉄の駅間隔は短いので、駅数の割には近い。
 高速道路と並行して歩き、私鉄沿線を歩く。まだ、ここいら辺りは意気軒高だ。1時間ほどで税理士事務所に到着。直ぐに取って返して、道を変えて移動。途中、守口市駅前で商業祭りをしていた。
その中に入り、ブログ用の写真を写して、再び喧騒から離れて人通りの少ない商店街などを歩いた。
 そんな時に、あの歌を思い出したのだ。NPO法人常勤理事智子さんとは、手を繋いで歩いた訳ではないのだが、これから婚活が成功して結婚などという事になれば、今まで彼女に連れて行って貰った処へは、自分ひとりで歩いて行く事になる。
色んな美味しい店や、買い出しに向かった百貨店や、ホテルなど。その何れも、車でなければ電車になるのだが、電車は嫌いだから、行かなくなるのだろう。そんな気持ちになって、歩く道に色んな思い出が落ちていた。
あの、気の遠くなるような過去に置いて知ることとなった「ふたつの手の思い出」から、幾たびの思い出を作って来た。あの楽しかった日々。
 再び1時間かけて戻って来たが、もう出社する気力も無く、早々と冷たいマンションの布団の中に入り、そのまま出社する事も無かった。電気を付けたままの事務所が気に掛かったが、思い出がそれを打ち消した。

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