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トップハート物語(3519)立志伝敢闘編
17/05/25
2010年(平成22年)11月中旬。
4日間に亘る、更新研修最終日だった。前日更新研修会場近くのホテルに泊まって、いつものような時間に起きた。持参したパソコンで、インターネットに繋いで前日の記録をしようと思ったが、うまく行かない。
その間、出発の時間が来てしまって、出来なかった。9時半から夕方4時半までの研修だった。メンバーはいつも同じだったが、その中に他の研修でこの分だけ受講できなかった、高齢の受講生が私の隣に座った。
9名のメンバーで、スタートだ。12組あるから、この教室には100名の研修生がいる。その中でも、レベルがどうかと思うメンバーが揃った感があった。
 以前から、私が一番の年上のような感じだったし、私は出来るだけ何も言わず流れるのを待つ姿勢なので、彼女らにとっては格好の攻撃相手だったようだ。一番若い30歳前後の女性は、私をターゲットとして何かと言うと私に答えを求めた。
何かしら言葉事尻を捕まえて恥をかかせようと躍起になって居た。この日も同じで、最初から
 「私は風邪を引いて声も出ないし、司会も発表も出来ない。男性にして貰ったら良いと思います。」
 などと言って、もう一人の男性と私に振った。
他のおばさん連中も
 「私が遣りますと言って引っ張って行ってくれるようならいいのに。」
 などと、言って下品な笑いをして、何とか私をばかにしようと必死だった。
その中に入らない、30代女性2名と麻痺を抱えて参加している50代女性がいる。30代男性は、みんなと一緒に何かと言うと私に恥を掻かせようと、自分が司会となって私をまた指名する。
 そして、グループ内の職務分担をする段階になって、司会を誰にするかアミダで決める事になった。出来レースで、何とか私にさせようと半数が協力。
阿弥陀の開封をその男性司会者が一人でやり、発表は私だと言った。
 「はい、分かりました。」
 と、殊更自信の無い態度でみんなの満足を誘った。
 とにかく、この連中と同じ感覚には成れないので時間との戦いだった。このようなレベルのケアマネジャーと称する部族が存在している限り、介護に対する世間の評価は低いまま変わらないだろう。
自覚が、自分達は選ばれている凄い者なのだというバカげた意識しかない。自分達が、他の業界に出て時にどんなレベルなのか知っているのだろうか。おばさん感覚で、介護報酬を貰うなんて、確かに誤った優遇である事に置いては凄いのかも知れない。
 何かと言うと、私に振る。バカバカしくなり返事も上の空で面倒くさい返事をすると、みんなで嘲笑する。これが、こいつらのいじめで満足を得られる過ごし方か。しかし、驚いた事に、私の隣に座った高齢の女性はこの中でも経験豊富で抜きに出た知識や自信があり、他を圧倒していた。
今日のテーマは、カニューレを装着した利用者に対するケアプランだった。私も、手術前から関わって、自宅に戻って来てからも高次機能障害を併発していた利用者に対応したりしていた。社員を東京の都立病院に研修に行かせてたんの吸引を学ばせて、尚且つリハビリテーション病院に研修を何度も繰り返して、家族の対応が不十分に備えた。
医師とのコミュニケーションを取るために、何度も訪問して夜間訪問介護ステーションとかとの意思疎通や、訪問介護など退院前の病院内ではカンファレンスを理学療法士やMSWが招集して、何度も開催して幾ら開催しても不十分で、何度もフィードバックしながらより良いケア環境を整えて行った。
 その経験があるのだが、他のメンバーはままごとのような経験だけで、ちょっとした事でも、さも困難事例を克服したとか対応したとか大げさに言い合っていた。当然、このような経験が無く単なる想像と浅い知識だけで話しを進めて行っているので、尚更、言葉を挟まないようにした。
そうすると、となりの高齢ケアマネジャーが
 「私の経験から・・・」
 と、述べ出すと静かになった。
 おばさんのお遊びと、余りに違い過ぎる。中には、実際にケアマネジャーをしていない者も居た。どうして、更新が出来るのか分からない。程度の低い、下品な笑いを入れながら、またズレた内容に終始する。
司会が、
 「佐藤さん、議論の中に入って下さい。発表をするんですよ。大丈夫ですか。」
 などと、おばさんに迎合するように、私に恥を掻かせようと一生懸命だ。
やっとまとまった内容は、幼稚で発表するにも憚るような内容だった。模造紙2枚にまとめた物を、私に押し付けた。4つに折り畳んであるまま、何も見ずに放置していた。12クラスで、発表する順番を求めた。次々と手を上げて決まって行く。

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