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トップハート物語(3511)立志伝敢闘編
17/05/21
2010年(平成22年)11月中旬。
一通り話が終わって、
 「以上の事を、病院に来られないという事なので肉声で病院側に返事が欲しいとの事ですので、いつか指定する主治医に連絡してくれますか。」
 「ここで、電話を借りられるなら今その電話を借りて話をします。」
 そう答えたので、そのまま電話で話をすることにした。
 私が、病院代表電話に連絡した。医師を呼び出し、事の内容を話しする。
 「隣に息子さんが居るので、電話を替わりますので、確認等の行為をして貰っていいですか。」
 「分かりました。佐藤さんに話をして貰い、了解を頂いたのは分かりますが、再度、私が私の言葉で確認したい。」
 そう言うので、本人と代わった。
 説明を長々として、一つ一つ確認をしていた。いつもは、相手の言葉を聞くか聞かないかという時点で、通話を一方的に切ってしまう。しかし、今日は私の電話なので、通信費は私の費用だ。だから、話を十分聞いていた。
それが終わると、自分の心情を話しした。とにかく、関わりたくないのだ。遠く昔に家を出されて、突然、困ったからとひっぱり出されてもどうしようもない。というのが本心だ。
これから、多額の金銭が掛かって来る。自分に負担が掛かると、自分の生活も崩壊する。そんな恐れがあるのだろう。両親の行く末に関しても、言葉を出さない。何も出来ないという。全部任せるという。
 「それでも、本来はケアマネジャーというのは在宅にて介護関係の業務範囲を行う。しかし、私が現状を考えて尚且つ両親、息子さんの一任を貰いある程度の批判を受けながら、出来る事はしている。しかし、このまま入院を続けるようであれば、しかるべき手続きを取って居るので、一定の時期に私から公的な管理に替わる事になります。」
 そう言った。
 「本来なら、そのような話も聞きたくない。佐藤さんも仕事ですので拒否したいのですが、聞いています。」
との事だった。
私は、境遇が似ているので理解出来ると納得しながら聞いていた。
 私は、一定の歩数を何とか毎日確保して、森山良子のクリスマスディナーショーにスーツ姿で出席したいと思っている。自分の体型に会うスーツを揃えるのは簡単だ。しかし、出来れば現在マンションにあるスーツを着て行きたいと思っている。
この大阪に来た時には、それを来て動いていたのだ。あれから、何十キロも増えてしまった。こんな事を言いながら、この隣の奈良県に向かう途中でコンビニに立ち寄ってトイレを借りた時に、悪いと思ったのと綺麗な大人の雰囲気の女性店員に気をひかれて、必要のないチョコレートやポテトチップスなどを買って、挙句の果てにカニクリームコロッケを買って出てしまったのだ。
 話が終わって、戻り始めた。今度は高速で帰ろうと、道を間違え無いように慎重に見張っていた。彼女は、ナビゲータをしないとどこに行ってしまうか分からないからだ。そんな時に限って、電話だ。研修センターの高学歴社員だ。
 「先日面談した、Tさんの件で、あすハローワークに行かないと行けないのですが、何か注意事項はありますか。」
 「誰ですか、そのTさんて。」
 「先日来、お話が進んでいた障害者の求職希望の方です。」
 「分かりました、それではそれは私が行きます。どこの誰に行けばいいですか。」
 「門真市のハローワーク障害者就職担当のYさんです。」
 「分かりました。」
 「もう一つ、連絡あります。12月開講の職業訓練ですが、今日まで27名の申し込みで定員まで3名ですが、あと1週間ありますので満席になると思います。そこで、あす、一旦面談をして選考をします。電話の応対など、明らかに半年間の学習継続が難しい者については、その時点で不合格にしています。」
 そんな報告があり、募集が始まって1週間で数人しか申し込みが無かったので、心配していたが、どうやらクリアしたようだ。
 戻りながら、カーステレオを掛けクリスマス会のバックグラウンドミュージックの選曲をしていたが、ここでまた遣ってしまった。下りる車線を間違って通り過ぎてしまった。
次の下りる車線は、隣の市だった。
お局様筆頭サービス提供責任者に連絡して、障害者雇用の打ち合わせに同席するように、指示した。また、彼女がプラン担当していて落語に挑戦している障害者に、私が参加している会合で講演がある「六代目笑福亭松喬」と影絵で有名な「劇団かかし座」公演の招待券を上げる事にしたので、介助をするように依頼した。

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