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トップハート物語(3490)立志伝敢闘編
17/05/11
2010年(平成22年)11月1日。
 今日の一日は、大半が職業訓練講師だった。20人を超える受講生が居るので、補助が必要な実習で。以前から各分野の講師を願いしていた方とペアだった。丁度9年前のこの季節に営業に行った居宅支援事業者で看護師の資格を所持して、経験も長かった。
10年ケアマネジャーをして、先年廃止した。もう年だから、余生を楽しむという事だった。月40~50万円のプラン作成料を受け取っていたのだが、全ての無にした。長い看護師生活で、年金を沢山頂いているので、金銭より時間を取った。
その先生は、各地旅行に行ったり年末の1万人第九の合唱に参加したり、パチンコに行ったり、説法を聞きに行ったり、余暇を楽しんでいた。
 その間、当社の登録ケアマネジャーとして月間数日勤務していた。また、拒んでいた講師をお願いして、ここまで来た。私も、会社のストレスや誰にも言えない悪言を言いたい放題言って、全て受け入れてくれた。
その先生が居なかったら、私は持っていないと思う。長年、大きな病院で精神科に属していたので、私の事など掌に乗っけて遊ぶ程度で済む。私だって何もストレスが無い訳じゃない。記録と、先生に言いたい事を吐き出し言って来た。その先生と、久しぶりにコンビを組んでヘルパーの報告、記録の実践をした。
 9時半に始まって、15時半までの6時間があっという間だった。その間、色んな話をした。特に、大東本社を捨ててこの守口に来たいきさつや、その本社で私が捨ててしまった後管理者となった者が自分の家族を引き込んでやりたい放題した挙句、全ての利用者やヘルパーを引き連れて独立を画策した時に、奴らが先生の処に掛け込んで自分達の正当性を主張した事などを、もう10年近くなるので話をしてくれた。
 私は、大東本社が一番最高潮の時に捨てて突然、現在中心としている守口に来て0からスタートした。その捨てた理由は、余りに程度が低い人材ばかりの上、好き勝手にして売り上げは最高潮だが、利益は余り期待出来なかったのだ。
社員が働かないのでは、終わりだ。将来が無いので、月商700万円以上の売り上げを誇っていた大東本社を捨てて、この地に来て0からのスタートだった。
その大東時代に、一人の女性社員がみんなのいじめの対象だった。余りに卑劣な行為を見て、その女性を連れて出た訳だ。その女性とは、今私の傍に居て裏表が無く、10年間を当社に尽くしてくれたNPO常勤理事の智子さんの事だ。
 その女性を差して、先生が言うのには、奴らは
 「その社員の言う事しか聞かない。私たちの言う事を聞いてくれないから、ヘルパーと利用者を連れて独立します。」
 と、応援を求めに来たという。
 しかし、先生は
 「私は公平に見ていたかったので、どちらか分からなかったのですが、今思うと、彼女たちは嘘を言っていたんですね。」
 「いえ、そんなことないですよ。私は、本当に信用していたのは一人だけですから。その一人を守るために、本社を出たんですから。そして、本社の多くの無駄な人材を辞めさせるために、いぶり出しただけです。面倒だから、一度に処理しただけです。多くのケアマネジャーのお陰で、利用者は一人居なくなっただけで邪魔な社員とヘルパーは一掃されて、現在では超優良事業所になっています。」
 そうはっきりと返事をした。
 昼休みも、時間中も、休憩時間も全ての時間を惜しんでそんな話をしていた。本当に、受講生も言うように私たちもあっという間だった。
 ひとつだけ難点は、その先生は私の傍に居るNPO常勤理事の智子さんに男性を紹介すると、私に内緒で勧誘する行為があった事だ。その事があったので、私は頻繁に訪問していたその先生の家に行かなくなった。
今、私が責任を持って雇用しているので、彼女のことで邪魔されたくなかったので、彼女と先生の会う時間を極力少なくした。
 生徒の中で、定年を迎えた男性を中心とした集団がありまとまりが良い。その人たちでモデル事業をしてみようと思っている。しかし、まだ受講中で就職活動を盛んにする必要がある時期なので、余計な事は言わない。商工会議所などと、助成金の打ち合わせをしている。
 3時半に終わって、移動しながら銀行などの処理を行って、スーパー銭湯に行った。6時過ぎに上がって休んでいると、入院中の利用者の息子とその病院から電話が掛かって来た。最初に表示されたのが息子で、2秒で切れて直ぐに病院の電話番号が表示された。

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