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トップハート物語(3479)立志伝敢闘編
17/05/05
2010年(平成22年)10月下旬。
確かに、夫の言う通りにするのが妻にとっては良いだろう。しかし、夜間宿泊するヘルパーさんに、自費で15000円支払う。そのほか、デイサービスや訪問介護でその間を埋めると、膨大な金額になる。
幾ら、夫の希望や妻のニーズとはいえ、直ぐにお金は無くなる。躊躇して、少し考える事とした。つまり、定期預金に手を付けずに、年金内で収めたいと思うのだ。夫は厚生年金42年掛けて、定年後も働いていた。
妻も、30年以上も厚生年金を掛けていた。だから、人より多めの年金が出ていると思うが、引落がどうなっているのか心配なのだ。それを確認してからの話しだ。
 今度は、夫が今もしている新聞輸送の軽作業の仕事がどうなったのか心配していた。それをどうなったのか聞かれても、分からない。
「今度自宅にある携帯電話を持って来るので、自分で話しをするように。」
と、言って納得して貰った。
その話をしている時に、脳外科医の主治医が来た。
「ケアマネジャーに話しがあるので、待っていて下さい。」
と、言われた。
暫くして、面談室に座った。症状の説明があり、順調に回復をしているがリスクもある事を説明された。
 「家族間に色んな問題があると思いますが、やはり家族さんが来て責任を持って対処して貰わないと行けないと思います。いくら、ケアマネジャーに一任と言っても、無責任です。これから奥さまの病状を考えると、今までのような生活を送る事は難しい。施設に入るかリハビリ病院に転院するか、もうすぐ結論を出す時期が来る。その時には、やはり家族さんが決めて貰わないと行けない。」
 そう言われて、勿論、私も納得している。
 「その時になったら、私から再度話をして対処して貰うようにします。」
 数々の、医師としての話を伺い、
「家族の責任、妻の症状と夫の考え方を聞いて見ると、引き離すべきだ。」
という考えなど聞き、長男にそろそろ出て来て貰わないと行けないと判断した。
金銭的な負担が生じる事を恐れているのだが、
「それは医師としては関係ない。」
と、当然だ。
「自己責任です。」
との言葉も明確だった。
 「実は、これからどう推移するにしても、現在の要介護1では十分な対応が出来ない恐れがあります。そこで、私としては介護度を上げたいので区分変更申請を出したいのですが、意見書の方をお願いしてもいいですか。」
 「介護保険は、安定期に入った段階で調査を受けるものです。今の状態では、戻った時より重く認定されます。それでは、実態を反映した認定とはいえません。もう少し、安定してからの申請を求めます。」
 恥ずかしかった。
それが正論で、私の下心が見えて底の浅いケアマネジャーだと思われたかも知れない。
 その病院を出て、夜6時半からの介護研究会に向かった。その前に、食事をしたくて繁華街を歩いた。色々な店があったが、カロリーを考えて寿司にした。
戸を開けると直ぐに椅子がある、異常に狭い店だった。カウンターだけの8席しかない。まぐろ中トロ、ヒラメ、カニ、しめサバなど結構食べた。凄く厚みのネタで、美味しくて満足した。料金も安くて2人で4000円位だった。
まだ、時間があるので近くの自然食品の店を覗くだけにしようと思ったが、やはり買ってしまった。
 研修は、いつもの介護保険の世界では著名な大学院教授をコーディネータとして小じんまりと開催。いつも、役所や介護保険審議委員会のメンバーや業界のトップが来て話しをする。
今日は、高齢者住宅政策をテーマに、高齢者専用賃貸住宅協会の会長でもあるメッセージの会長だ。分かり易い話しをしてくれた。恐ろしい事には、2050年には高齢者つまり65歳以上が人口の40%を占めるという。
「それに対応する政策が何も進行していない国に呆れ果てている。」
という。
現在でも、住宅政策が課題で住む家が無くなる高齢者が急増している。2050年の平均年齢は54歳だそうだ。考えられるだろうか。
 「世界から比べると、日本の高齢者住宅は充実していないので、これから高齢者専用賃貸住宅が物凄い勢いで建設される。」
という。
その形態の説明と補助政策が色んな方面から話しをされたが、それを聞くとその方面にも進出したいなどと妄想が生まれる。
 会員制の研究会だが、会員の中で世界的福祉用具メーカーの職員が大挙して来て、次々に質問を浴びせていた。それは、福祉用具レンタルなど介護保険範囲が限界に来て、この方面に力を入れ始める方針が読み取れた。
 会場の福祉会館を出て、道路向かいにある福祉人材センターに行った。もう夜の9時近くだが、まだ何人かの求職者が資料を見ていた。
空いている席に座って、自動販売機の珈琲を飲んだ。この空間が、私の原点なのか何となく郷愁感が生まれて、懐かしさを体一杯に感じていた。
私も、埼玉ではあるがポリテク埼玉を卒業する頃に、このような福祉人材センターを訪問して資料をめくっていた。本当に懐かしい、もう11年前の事になるのだ。

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