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トップハート物語(3477)立志伝敢闘編
17/05/04
2010年(平成22年)10月下旬。
 いつものように、忙しい朝を過ごしていた。キラキラ目の玉緒ちゃんが来た。介護支援専門員の受験生だが、昨日の期待していたサービス提供責任者の受験棄権というショックがあるので、柔らかく聞いた。
 「どうだった、ケアマネ試験。」
 「駄目でした。」
 「ほんとに?何点?」
 「医療は大丈夫でしたが、支援は駄目でした。10点です。」
 「そうか、みんなどうだったのかな。誰も何も言わないし。」
 誰誰という名前を言っていたが、どうも今回は全滅か。
 介護支援専門員受験対策講座をしている事業所が、この体たらくでは恥ずかしい。最初は、合格者が連続していたのだがどうしようもない焦燥感に苛まれた。やはり、今の時代甘やかしたのでは勉強をしないのか。
厳しい環境の中で、みんな勉強をして合格を勝ち取っている。介護福祉士受験で実技の免除講習が出来たお陰で、そのようなレベルと思っているものが多過ぎるのだ。本当に残念。本人より私の方が、これからのケアマネジャーの仕事の拡大に合わせて事業も拡大する事を考えていたのだが、なかなか難しいものだ。
これからのケアマネジャーは、要介護者のみならず多くの高齢者の生活に起因したニーズのプランを幅広く立てて、そのプランに該当する企業からプラン代を貰うようにするとの、2010年経済産業省の構造ビジョンに描かれている。
その為に、要支援から要介護に成る際もケアマネジャーの継続とか、ケアプラン作成人数の制限の撤廃とかが議論されている。
 次に来たのが、新人ケアマネジャー宏美さんだ。彼女とは、色んな話が山積していたのだが、忙しくて話を聞けなかった。引き継ぎも完全ではなく、色んな問題が発生していてメールでのやり取りや、忙しさにかまけて断片的話に終始していた。
その機会がやっと来たのだが、私も忙しくて十分な時間が取れない。
 30分を目安に、話を聞いた。色んな事が起きているのだと思った。一番最初の問題は、要介護者の介護者家族の問題だ。他県から一時的という事でこの地の息子の許に引き取られて来た利用者。私も、短期の積りで受けたが、もう2年目に入った。
モニタリングに行った彼女が、お嫁さんから1通の手紙を受け取った。その中身には、一時的だったのが元々引き受けていた娘が、受け入れないという態度に終始して要介護者がずっと家に居るストレスを爆発させて、元々面倒を見ていた実の娘に対した文面の写しだった。
実の息子の夫は知らんふり、仕事をしていた嫁は辞めざるを得なくなりその精神的なやりどころを、最初の実の娘の無責任さを突く内容だった。
 次は、長年お風呂に入らない男性利用者をやっとデイサービスに入れた話しだ。近いという事で本人が希望したのだが、食事がまずいという事を盛んにデイサービスに訴えているという。その為に、食事を売り物にしているデイサービスを紹介しているのだが、断るのは悪いからと続けるが、キャンセル続き。
その挙句に、訪問するとその堂々巡りで1時間近く帰れない。
 「お前に魅力があるから、話を長引かせて帰したくないんだよ。」
 そう、合いの手を入れた。
 次は、この2年に亘って、医者の意見書が出て来ないでなかなか介護保険が使えなかった事例。私が緊急で介護保険を申請したのだが、主治医が意見書を出したのが、申請日から半年後。つまり、下りないまま介護認定期間が切れてしまった。
更新出来ずに新規申請を再びしたが、今度は折角認定を受けるために新たな主治医にお願いしたのだが、同じような店晒し。その間、2度目の脳内出血で緊急入院。再び、最初の脳外科の主治医に変更。
結局、2度目の申請も叶わず切れる。その時には、間に合わせるかのように、認定審査会に意見書が出されたようで、その時点ではまだ入院前の所見だったので要支援に。入院中にと言う事で、区分変更申請を出す。また、長引く主治医の意見書。
ついに、下りたのは、申請してから2年経過していた。やっと要介護になって、それ以前からサービスを増やして欲しいと言っていたので、晴れて
「希望するサービスは毎日でも結構です。」
と言うと、
 「それが、そんなに要らんわ。今まで通りに、週3回で結構です。」
 そんなドタバタ劇を、擬音やアクションを交えて話していた。
私は、これまで溜まっていたものを吐きださせようと、じっと聞いていた。
 私からは、現在脳内出血で入院中の夫と認知症でショートステイに入っている妻の話しをして、
「今日も夫が入院中の病院を訪問するので経過を共有したいので来るように。」
と、指示をした。

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