お知らせ


お知らせ

RSS

一覧に戻る

トップハート物語(3476)立志伝敢闘編
17/05/04
2010年(平成22年)10月下旬。
 雨模様だった。早朝からいつものように仕事をしていると、介護サービス提供責任者が入って来た。昨日、ケアマネジャーの試験を受けた者の中で、一番期待していた社員だ。試験だけでなく、この5年間それなりのステップアップを会社は勿論、個人的にも形になるもので応援していた。
勉強の進み具合を心配していたが、下手に声を掛けたり一定方向に示唆したりするような事を避けていた。あれこれ言って、そのような問題が出なかったら私の責任になる。ただ、まだ申請時点では、大東本社管理者や他の介護サービス提供責任者には、
 「これから、介護支援専門員の仕事は介護プランだけではなく社会保障全体に関わる、つまり抑制する必要性を理解して広く社会保障制度の中の一つとして考える能力を育成する事が大事なので、その方面の問題が多くなる。それと、介護支援事業の問題で半分を占める。それだけ力を入れて勉強するように。」 
 と言っていた。
 問題が見たかったので、今回の問題文をインターネットで確認した。思った通りになって居たので、私が発した言葉での責任はないと思っていた。その確認をした時点で、彼女が入って来た。彼女こそ、これからのこの会社を支える第一番目の人材なのだ。
 「どうだった。」 
 「えっ、昨日のですよね。」
 「そうだ、出来はどうだった。」
 「行きませんでした。」
 「えっ、昨日のケアマネジャーの試験だよ。」 
 「「はい、行きませんでした。」
 「行かなかった!?」
 「はい、受験しなかったんです。」
 顔は紅潮して、泣き笑いのような何とも言えない顔だった。
 その顔を見て、どこまで話を進めるべきか、どんな言葉を言うべきか迷った。それを間違うと、泣き出しそうな顔になって居たから。
 「どうして行かなかったの。」
 まだ、何か家庭の事業があったのかと思っていた。
 「受けても駄目だと思ったんです。もう、全く勉強していなくて。自信も無いし、途中で駄目だと諦めていたんです。」
 「本当か、どうして早く言ってくれなかった。」
 「いつ言おうか、そればかり考えていたんです。」
 私の思いが、彼女の重荷になって居たのかも知れないと、可哀そうになった。
 「もっと早く、そんな気持ちになった時に言って欲しかった。受験して駄目だったというならまだいいが、逃げたんでは終わりだ。」
 「今までの自分じゃないような気持がずっと続いて。全く勉強する気持ちが起こらなかったんです。」
 「そうか、少なくても1週間あれば何となったんだけれど。調子はどうか声を掛けようと思ったんだが、途中で邪魔してはいけないと思って止めた。ここで逃げたという事は、これからも大事な場面で逃げるな。一度逃げた奴はまた逃げる。それが今までの人間の性だ。残念な事をした。」
 こんな言葉を繰り返していた。
 心の中では責めないようにと思っていたが、言わざるを得ない心境なのか自分の非情さなのか。努力するものだけを認める私の感覚なのか。崩れそうになる彼女の顔を見ながら、時には優しく。優しくと言っても、言う言葉が無いので
 「お疲れ様。」
 という言葉が出ただけだった。
 そう言えば、他の受験メンバーと顔を合わせても、駄目だとか受験を止めるなどという言葉が多く、もう一人期待している大東本社管理者は、先日顔を合わせたが、以前はあれほど受験内容に関して聞いて来たのに何も言わず、
 「打ち合わせの予定を今週の夕方に設定してもいいですか。」
 と、受験数日前を言って来た。
厭戦気分が蔓延していたのか。
 「先輩達が悪いからな。管理者たちは、受験関係を逃げているからな。後輩は仕方が無いか。」
 若手が一生懸命努力しているのに、管理者連中は逃げる。受験すらしない。挑戦する気が無いのだ。
 外は久々の雨模様で、午後関西電力病院へ私の主治医の定期的な診察に向かった。40分程度掛かる病院への道は雨で道路は混んでいた。問題無く診察は終わり、帰りに百貨店が林立している繁華街に入り、靴を買う事にした。
社員が、
 「社長らしく服や靴を買って着替えて下さい。」
 と言うので、買った。
 百貨店巡りをして、心を紛らわせた。

一覧に戻る


  • ヘルパー講座・セミナー 最新情報
  • ケア事業・サービス 最新情報